記事・インタビュー
東京北医療センター 総合診療科医長
南郷 栄秀
医師は誰しも、過去の経験を次の診療に活かそうとします。治療がうまくいけば自信を深め、痛い思いをすれば次から気をつけます。でも、せっかく過去の経験を活かすのなら、世界中の人たちと共有した方が、より質の高い医療につながるはずです。そうした考えの下、1991年に提唱されたのがEBMです。EBMはEvidence based medicine(根拠に基づいた医療)の略で、現時点で利用可能な最も信頼できる情報をもとに、目の前の患者さんにとって最善の治療を行うことです。
しかしこれまで、EBMはさまざまな誤解を受けてきました。エビデンスがあるなら必ず従わねばならない、エビデンスがないからEBMはできない、EBMは臨床経験を否定する、患者や医療者の価値観もないがしろにする、EBMは画一的な料理本医療であるといった具合です。特に多いのは、「EBMに基づいた◯◯診療ガイドライン」という表現に象徴される、EBMとエビデンスの混同です。このような誤解を招く一因は、Evidence-basedというネーミングにあるのでしょう。「なんとか-based」と聞けば、特別にそれだけを重視した考えのように思われがちです。単純にエビデンス偏重と捉えられてしまったのはEBMの不幸といえます。
本来のEBMは、目の前の患者における問題解決の手法です。患者が抱える問題を定式化し(ステップ1)、問題の解決につながる情報を収集し(ステップ2)、得られた情報を批判的吟味し(ステップ3)、吟味した情報を目の前の患者に適用できるか判断し(ステップ4)、ステップ4までが適切に行われたか、ステップ4の判断で患者が幸せになったかを振り返る(ステップ5)、という5つの手順で考えます。忙しくルーチン化された日常診療では、エビデンスがアップデートされていることを知らずに過ごしがちですが、ふとした疑問を問題として捉え、EBMの手順で見直してみることが重要です。今では、優れた論文の情報を使いやすく加工した二次資料も数多く、忙しい日常診療の合間に原著論文まで読む必要はほとんどありません。
EBMで最も重要なのは、ステップ4の情報の患者への適用です。ある治療法や検査法が有効であるというエビデンスがあったからといって、それらを全ての患者に用いねばならないわけではありません。有効な治療法でもあえて使わない選択肢も認めるべきです。
つまり、診療行動を決める際には、①エビデンス、②患者の病状と周囲を取り巻く環境、③患者の好みと行動、④医療者の臨床経験、をバランス良く考えることが大切です。EBMは個別化医療のためのツールであり、患者と相談しながら診療行動を決定していく、Shared decision making(共有意思決定)の考え方が重要なのです。
現在、数多くの診療ガイドラインが世に出回っています。国内では当初、旧厚生省が作成を主導しましたが、現在では主に各学会が作成を行っています。しかし、始めに推奨文ありきで、後からそれに合うエビデンスを付けたと思われるものも少なくありません。診療ガイドラインにおいては本来、同じテーマで過去に行われた研究を網羅的に集め、それらの質と結果を評価したエビデンスの集大成をもとに、患者の価値観やコスト・リソースなどといった他の要因も踏まえて推奨を作るべきです。その体系的な作成方法がGRADE approachと呼ばれるシステムで、諸外国で国際標準ツールとして用いられています。残念ながらわが国ではまだ、GRADEに準じて作られたものは、「ARDS診療ガイドライン2016」や「JRC蘇生ガイドライン2015」などに限られます。筆者らは、GRADEに関するワークショップを頻繁に開催するなど、質の高い診療ガイドラインを作成するための環境整備に務めているところです。
EBMは現場の医療を豊かにするものです。誤解なく広く活用されれば、診療の質は確実に上がるでしょう。いま再び、EBMが正しく活用される時代になって欲しいと願っています。
なんごう・えいしゅう
1998年東京医科歯科大卒。虎の門病院を経て、2007年東京北社会保険病院(現 東京北医療センター)勤務。2015年東京医科歯科大学臨床教授、2016年日本プライマリ・ケア連合学会理事。現在EBMer(EBM実践家)育成とGRADE approachを利用した質の高い各種診療ガイドラインの作成支援を行っている。
※ドクターズマガジン2016年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
南郷 栄秀
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