記事・インタビュー
藤田保健衛生大学 救急総合内科<br/ >佐々木 滋
1971年に建国され、アブダビやドバイを含む7つの首長国からなる中東のアラブ首長国連邦(以下UAE)は、天然資源で富を築いたイスラム教の国です。筆者は、2011年11月から2014年3月まで、外務省の医務官としてUAEの日本国大使館で勤務しました。
UAEの医療を一言で表すなら、「優れた医療技術を持つ先進国の一面と、途上国とも思えるような効率の悪い医療サービスの混在」です。そもそもUAE国籍者は総人口の11%程しか居住しておらず、欧米からの「お雇い外国人」を除けば、残りの大半はインドやパキスタン、あるいは他のアラブ諸国やフィリピンからの労働者であり、それはそのまま医療分野におけるUAE国籍の医師の欠乏という形で表れています。
現在では、UAEは大変に豊かな国であり、国内の医療も欧米人に代表される外国人医師たちによって高いレベルに維持されており、カテーテルによる大動脈弁留置術(TAVI)や小児用の心臓補助循環装置Berlin Heartは、日本で認可されるよりも以前から使用されていました。最近ではホテルのような建物の医療機関も増え、病院の運営も国外の有名医療機関と提携し、実際のCEOは外国人というケースも増えました。
さらにそうした国内の医療でも飽き足らない場合、欧米やタイの医療機関を直接受診するというのが通例であり、UAE国籍者で一定基準を満たした場合、渡航医療費も支給されます。そもそも社会サービスの多くを外国人に依存しているため、直接国外の医療機関を受診することに抵抗を感じないのは、むしろ自然なことといえます。
しかしながら、UAE国民も政府も、こうした医療の現状には不安を持っています。国内の医療費が高騰する一方で、UAEでの診療を「小遣い稼ぎ」と考えている外国人医師もいます。信頼できるきめ細やかな医療サービスをUAEで享受したいという国民の切実な願いはもちろん、いつまでも多くの患者を国外に送ることへの政府の財政的な負担も問題です。
この背景の中、存在感を示したのは韓国です。低コストで質の高い医療と銘打ち、ドバイ市内の医療特区に韓国企業 SAMSUNG Medical Center を開設させ、ドバイ保健庁とも関係を深めています。近年はアブダビ保健庁とも関係を強化した結果、2013年に韓国を訪れたUAE患者は1151人にも上り(The National紙、2015年5月21日)、その後も増え続けています。
日本でもメディカルツーリズムに関心が寄せられるようになり、経済産業省による積極的な活動の下、社団法人Medical Excellence JAPAN(MEJ)が2013年に設立され、筆者自身、そのプロモーションにも関与しました。糖尿病の有病率が14・6%(2015年IDF、日本7・6%)であり、今後も生活習慣病の増加が見込まれているUAEにおいて、如何にして医療費を削減し、疾患を早期発見するかについて、日本のモデルに興味が集まっています。
また質の高い日本の消化器内視鏡の技術も羨望の的であり、中東女性の社会的環境の中で、受診をためらい進行してしまう乳がんのケースなどを考慮すると、常日頃から患者との信頼関係を構築できる日本の訪問診療にも、十分にニーズがあると思われます。
ただ日本の医療がUAEに浸透するためには、ハードルがあります。既に欧米の影響下で、UAEにある多くの医療機関が、Joint Commission International (JCI)認証を獲得し、U.S. Food and Drug Administration(FDA)の認証を受けたものなら、ほぼそのままUAEで使用できる環境の中で、後発の日本は、こうしたハンディを克服しなければなりません。しかし最も重要なのは、相手のニーズをよく理解すること、派生した結果として国外に患者を送ることはあっても、彼らの真の望みは、UAEに合った医療をUAE国内で立ち上げてほしい、日本にその力を貸してほしいという願い、UAE在勤中は、特にこのことを痛切に感じました。
ささき・しげる
1995年 名古屋市立大学卒業、東京女子医科大学病院、あいち小児保健医療総合センター、名古屋市立大学病院などで勤務。2009年9月より外務省の医務官としてブルキナファソ、アラブ首長国連邦へ。2014年4月より羽田空港の検疫所で海外からの輸入感染症の流入防止に従事。2016年1月より現職。
※ドクターズマガジン2016年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
佐々木 滋
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