記事・インタビュー

2017.10.26

【Doctor’s Opinion】在宅医療におけるイノベーション

医療法人社団鉄祐会 理事長
武藤 真祐

 私は、「誰も思い付かなかった全く新しいものを創りだす」ことだけがイノベーションではないと考えてきた。イノベーションとは、「すでに他の分野で導入されている技術や常識を別の分野に導入し活用することで爆発的な成果を出すこと」でもあるのだ。アマゾンやUberなどのサービスも、すでにあった販売・移動のサービスモデルを最新のIT技術やオペレーショナルエクセレンスと組み合わせることで成功している。

 また、ユーザーインタフェース・エクスペリエンスを最大限高めていくこともイノベーションには欠かせない要素である。なぜならば以前のように人が製品・サービスに合わせていくのではなく、製品・サービスが個人のニーズに合わせて変化していくことが求められている時代であるからだ。

 この現象が、今まさにヘルスケアの分野でも起きている。まず診断・治療の概念が、テクノロジーの発展により今後大きく変わってくるだろう。海外では人工知能を活用して、医師の診断をサポートする技術の発展が目覚ましい。さらに、米国ではすでに処方薬の代わりにスマートフォンのアプリケーションを処方することで健康改善につなげる事例も多く出てきている。このように既存の医療行為の概念が新しい技術を導入することで、イノベーションが起きつつある。単純な作業はともかく、複雑なパターン認識や予測行為は人間が圧倒的にコンピューターより優れていると考えられてきた。しかし最近では将棋、そしてまだまだ先といわれていた囲碁ですら人間はAIに負けてしまう事態となっている。このように正しいインプットが入り、その後の論理・ルールが決まっていれば圧倒的にコンピューターは人間より「正しい」判断ができるようになってきたのである。

私は2010年1月、東京都文京区に祐ホームクリニックを立ち上げた。設立から一貫して、在宅医療の質・生産性の向上を目指し、オペレーショナルエクセレンスの実現、テクノロジーの活用をテーマに、在宅医療のIT化、在宅医療・介護情報連携システムの開発に取り組んできた。

現在では、日本国内に4ヶ所の診療所を持ち、往診をしている患者数は1000人弱である。また、高齢化が急速に進行するシンガポールにおいてもホームケアを提供するシンガポール法人Tetsuyu Healthcare Holdingsを2015年に立ち上げ、アジア地域での展開を始めたところである。

医療におけるイノベーションの実現を考える際に、私は常に既存の医学との関係を重要視してきた。それは本来の医師が行うべきこと、そして行いたいことを無視してのイノベーション創造はないからである。日本の法人では5つの提供価値を掲げている。それは、臨床、教育、研究、経営、イノベーションである。私は東京大学旧第三内科、そして循環器内科の医局に所属していた経験から、医師のモチベーションはまず第一級の臨床、教育、研究を優秀な仲間と共に協力、切磋琢磨できる場にいることであると信じている。

当法人ではまだまだ発展途上であるが、それでも多数の看取りを実現できる臨床現場を確立し、日本在宅医学会専門医プログラムを提供している。東大、東京医科歯科大、慶應義塾大学から医学生や初期研修医を受け入れ、後期研修医の受け入れも始まる。また、大学と連携しながら臨床研究を行う体制の構築を進めている。さらには、経営を学びたい医師には院長の機会を提供するなど実践の場を与えている。このような医師にとって固有に満たされる環境があってこそイノベーションの種は生まれ、さらに促進するエネルギーに変換されると思う。

最近では医療ベンチャーを起業する若い医師が増えた。優秀な人材がこの分野に進むのは素晴らしい。一方で「患者・家族に寄り添う医療・ケアを提供したいのにさまざまなボトルネックがあり実現できない」という多くの臨床医が抱える悩みを実感し、そこを乗り越えるためにイノベーションを起こしたい、という強い気持ちを持つことが行動するエネルギーの源泉になると思う。本来の「医師としての視点」がベースにないと医療への単なる新規技術導入はほとんど価値がないのである。

むとう・しんすけ

1996年東京大学医学部卒業後、三井記念病院循環器内科、宮内庁侍従職侍医を歴任後、2005年、マッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルタント として勤務。2010年、在宅療養支援診療所として、祐ホームクリニック設立。2015年第2回イノベーター・オブ・ザ・イヤー受賞。厚生労働省情報政策参与。

※ドクターズマガジン2016年7月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

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