記事・インタビュー
日本消化器内視鏡学会 理事長
田尻 久雄
日本消化器内視鏡学会では、国際化事業の一環として、欧州や米国消化器内視鏡学会との合同シンポジウムをそれぞれ毎年2回、日本と欧米の学会開催地とで行い、さらに中国、タイ、ベトナム、ミャンマー、インドネシア、ロシアなど世界各地への内視鏡実地指導を行い、大いなる好評を得ており継続事業として進めている。日本の消化器内視鏡医療の技術水準は、他国を大きく引き離す形で高い位置にある。それ故に、他国の水準を引き上げる手助けを通して、日本のみならず世界規模で人類の健康のために貢献できる可能性が極めて高い。
1972年に初めて中国に内視鏡検査を伝授したのが日本人医師であり、それ以来、中国の内視鏡医師は日本から講師を招聘したり、日本の施設で研修を受けるなど、連綿と内視鏡日中交流を続けてきた。中国の大病院において、発見される早期がん率は10%に満たないという中で、内視鏡医は「三早(早期発見、早期診断、早期治療)」を合言葉に技術の研鑽に取り組んでいるが、内視鏡治療手技、特に内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の登場により、発見、診断したものを、低侵襲な内視鏡治療ができることで内視鏡医の意欲は一層高まっており、ESD発祥の地である日本に学んでより良い医療を提供したいという強い熱意がある。毎年、日本消化器内視鏡学会のみならず、さまざまな官民のサポートにより、多くの日本人内視鏡医師が中国で内視鏡ハンズオントレーニングコースや学術集会での講師を務め、技術指導、学術交流にあたり、中国での専門医を増やす上で、欠かせないリソースとなっている。約20〜30年の歳月を経て日本式医療が内視鏡分野では中国にしっかり根付き始めている。
アジアの新興発展国であるベトナム、インドネシア、ミャンマーなどは「内視鏡発展途上国」でもあり、日本の内視鏡医による技術指導に大きな期待が寄せられている。これらの国々は、経済成長年率5〜6%と著しい発展を遂げ、生活の向上とともに「健康」「医療」への関心が高まっている。現在のベトナム内視鏡医療における指導医のほとんどは、日本に留学した若い世代である。また過去3年にわたり、経済産業省事業の「早期胃癌健診システム」により、大分大学から計6回(各回1週間)ベトナム訪問、計2回( 10人程度)ベトナム医師の訪日による内視鏡指導が実施されてきた。この事業で延べ300人ものベトナム医師に教育を実施した実績は大きい。ベトナムでは、上記以外の他のプロジェクトでも内視鏡診断・治療の実践的コースが定期的に行われており、日本の内視鏡技術が5〜10年後には着実に実を結ぶものと確信している。
本年3月中旬にボゴタ(コロンビア)を訪問した。コロンビア内視鏡学会会長は、Fabian EMURA Dr. という日系2世で、パンアメリカン内視鏡学会会長もされており、4年後の世界内視鏡学会(WEO)の会長に内定している。彼は30代に国立がん研究センター中央病院で7年間学び、11年前にコロンビアに帰国後、日本の内視鏡知識と技術を精力的に普及させて、現地の内視鏡医たちから厚い信頼と高い評価を得て今日の地位にいる。南米のブラジル、アルゼンチンなどの内視鏡リーダーの多くは、若い時代に日本で学び、帰国後に当該国を代表する指導医となっている。今やその2世、3世が日本と南米を行き来して交流が続いている。
近年、私自身が、欧米のみならず、アジア諸国、ロシア、南米などに招聘されて講演する機会が多くなり、実際に体験した中で、〝グローバル化とは、世界と競うという観点のみならず、世界と共に生きる〞という姿勢に変わりつつある。日本の内視鏡医学・医療を学びたいという世界各国からの大きな期待と、日本人に対する絶大な信頼を肌で感じてきている。国際社会では、情熱と熱意を一方的に発信するだけではなく、十分な信頼関係を得るために、人との交流を大切にし、相互に理解し合うような努力が必要である。そのような人間性を持ってこそ結果的に固い信頼関係を築くことができる。世界規模で貢献できる可能性を秘める日本の若い先生たちへの期待は、まさにそこにある。
たじり・ひさお
1976年北海道大学卒業、国立がんセンター中央病院及び東病院を経て、2001年より東京慈恵会医科大学内視鏡科教授に就任。2005年から同大学消化器・肝臓内科 主任教授、2015年同大学先進内視鏡治療研究講座教授。日本消化器内視鏡学会理事長、日本カプセル内視鏡学会理事長、アジア太平洋消化器内視鏡学会 Vice Presidentを務めている。
※ドクターズマガジン2016年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
田尻 久雄
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