記事・インタビュー
慶應義塾大学医学部法医学教室 准教授
飯野 守男
2013年4月、わが国の死因究明制度を変える新たな法律が施行された。それが、「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律(死因・身元調査法)」である。制定目的は、犯罪死の見逃し防止と、死者の迅速かつ正確な身元確認である。
これまで、異状死体を対象にした解剖には、犯罪死体が対象の司法解剖(刑事訴訟法)と、非犯罪死体が対象の行政解剖(死体解剖保存法)があった。行政解剖は監察医制度のある都市部のみで行われているため、地域によって異なる死因究明制度が存在する。また、司法解剖は、犯罪性の有無に基づいて行われるため、初動捜査で犯罪性が否定された場合、解剖はなされず、その中に犯罪死の見逃し事案が存在し、これが新法立法のきっかけとなった。
死因・身元調査法が施行され、ここに新たな解剖(新法解剖)が加わった。それにより、犯罪死体でなくても、遺族の同意なしに、全国で死因究明のための解剖が可能になり、地域による制度の格差が縮小されたと言える。死因・身元調査法には4つの柱、すなわち「調査・検査・解剖・身元確認」がある。「調査」は、警察官による現場調査や聞き取り調査である。「検査」は、医師による血液や尿による薬毒物検査や、死亡時画像診断である。これにより、これまで刑法の死体損壊にあたるとして躊躇されてきた検査目的の遺体穿刺行為が、合法的に行えるようになり、警察署長は医師に死因診断を目的としたCT撮像を依頼できるようになった。「解剖」は前述の新法解剖であり、制度は複雑化することになったが、そのメリットは大きい。最後の柱である「身元確認」は、身元不明死体からのDNA試料採取行為を指す。
死亡時画像診断は、昨今、オートプシー・イメージング(Autopsy Imaging)またはAi(エーアイ)と呼ばれ、その名称は医療従事者のみならず小説等を通じて一般市民にも広く浸透している。Aiの主な目的は、死因診断であるが、それ以外にも多くの活用法がある。その中でも重要なのが、身元確認である。身元確認にはDNAが万能だと思われがちであるが、DNA鑑定には、対象となる本人や近親者の試料が常に必要となることを忘れてはならない。
一方、身元不明遺体の全身CT画像からは、対照画像がなくとも性別確認や年齢推定が可能である。また、体内の手術材料などから身元につながる既往歴が判明することもある。例えば人工関節やペースメーカー、各種ステント等である。また、我が国の歯科受診率は高く、多くの遺体に歯科治療痕があり、治療記録も残されていることが多い。Aiで判明した体内の手術材料や歯科治療痕で身元を確認する場合、対照資料として、該当者の生前の診療録や画像が求められる。ところが、遺体が発見された際、該当者の生前の診療録が、すでに法定保存期間(診療録で5年[医師法、歯科医師法]、X線画像等で2年[医療法等])を過ぎ、廃棄されており、身元確認ができないこともしばしばある。診療録等の保存期間を定めた法律は紙媒体のカルテやフィルム写真の時代に制定されたものであり、当時、増え続けるカルテや画像の保管場所を確保するため、一定の保存期間を区切ったものと考えられる。ただ、法定保存期間内であっても、東日本大震災時には、津波により治療記録が歯科医院ごと流されてしまったという事実もある。これを受け、日本歯科医師会は、現在、治療記録のデータベース化を検討している。治療記録データを、診療機関から離れた場所に置き、災害によるデータ消失を防ぐと同時に、長期にわたり保存し、迅速かつ正確な身元確認に寄与するのが目的である。
一方、医療機関においては現在、電子カルテの普及率が大規模病院で約70%と非常に高い。診療記録が電子化されれば、これまでのように物理的な保管場所を確保する必要がなくなり、より長期にわたり、記録を保存することが可能となる。死因・身元調査法の施行およびAiの普及に伴い、今後、歯科のみならず医科においても身元不明者の対照資料として、生前の診療録や画像データの提供を求められる機会が増える可能性がある。さらに、今後起こり得る大規模災害時の迅速かつ正確な身元確認に備えるためにも、法定保存期間よりも長期にわたり診療録等の保存が求められることになるだろう。いま、診療録等の保存義務期間の妥当性について、あらためて検討する時期に来ているのかもしれない。
※ドクターズマガジン2015年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
飯野 守男
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