記事・インタビュー
埼玉医科大学総合診療内科 診療科長、教授
中元 秀友
2017年より中立的な立場の第三者機構が認定する新しい専門医制度がスタートする。新制度の最も大きな変化は19番目の新しい基本診療科として「総合診療医」が認められた事である。これまでも「総合診療医」の重要性については誰もが認識していたが、そのあるべき姿については多くの意見があり、決して統一されたものではなかった。また幾つかの大学病院では「総合診療科」が立ち上がったものの、病院側の協力もなく消滅したものもあると聞いている。私も埼玉医科大学の「総合診療内科」の責任者を引き受け6年が経過し、やっと「総合診療科」の未来が見えて来た気がする。
現在の本邦の医療形態は、Generalist(総合診療医)とSpecialist(専門医)に二分化された医師の分業体制を形成している。すなわち(1)国民の多くの健康問題の大半を解決する能力のあるGeneralist と、(2)必要時に患者が紹介され受診するSpecialistである。日本の医療の大半は開業医が中心である地域のGeneralist が支えていたにも関わらず、これまでの日本の医療体制はSpecialist の育成に特化してきた。本邦ではきちんとしたGeneralist の教育を行いうる施設はなかった。その結果多くのSpecialistが誕生したが、救急医療や一般医療を支えるGeneralist の育成は不十分であった。それでいながらSpecialist が開業すると突然Generalist として多くの患者の診療にあたる。このように十分な教育を受ける事なく誕生したGeneralist では、地域のニーズに十分に対応する事は困難であった。Generalistの不足が近年の医療崩壊をもたらした。
私自身元々は「腎臓内科」「透析医療」のSpecialist であり、腎臓学会や透析学会の理事、評議員等も務めている。またSpecialistとしての医療も継続して行っている。その私が「総合診療科」の責任者を務め感じた事は、沢山の誤解が日本のGeneralist の育成を阻害してきたという事実である。「総合診療医」は多くの患者に対応できるものの、専門各科との連携がなければ決して成り立ち得ない診療科である。しかしながら、非協力的な診療科がある事も事実であり現在なおGeneralist に対する多くの偏見や誤解がある。
まず(1)Generalist はSpecialist よりもレベルが低いという誤解、(2)GeneralistはSpecialist を捨てねばならないという誤解、(3)非協力的なSpecialist の存在(敵対心?)、さらに(4)手のかかる患者や高齢患者の押しつけ等である。誤解や非協力的な態度を見ている研修医達の多くは、Generalist よりもSpecialist を目指すようになった。さらに最大の誤りは(5)本邦の目指す「総合診療医」が米国や英国の「家庭医」、「総合医」と同一の診療形態を目指すという誤解である。欧米の医療形態は本邦の医療形態とは全く異なっている。米国の医療保険は民間が中心、英国はすべて公的保険(ビバリッジモデル)であり、本邦の民間保険、公的保険混合のビスマルクモデルとは全く異なる。また欧米のスタイルは開業形式の「総合医」であり、本邦のように病院中心の「総合診療医」とは、目的も方法も異なって当然なのである。本邦にあった「総合診療医」の形式の確立は必須なのである。
我々はそのような医療の現状をふまえ、十分な外来診療と救急対応、全身管理のできる医師の育成を目標として大学病院の「総合診療科」を立ち上げた。では地域に根ざした開業医中心のGeneralist と大学病院のGeneralist の違いはどこにあるのか。大学病院のGeneralist は1)全身管理ができる、2)救急診療に対応できる、3)的確なトリアージができる、そして4)十分な診断能力を持つ事である。さらに埼玉医科大学総合診療内科では、十分なGeneralist としての基盤のうえに自己の専門性を持つ事を目標としている。我々の診療科では大学院生が腎臓や呼吸器等専門性の高い研究を行い、それぞれの「専門医」をも目指している。基本的な「総合診療医」としての臨床能力に根ざした「専門医」の育成を目指しているのである。それを目指し実践しているのが埼玉医科大学総合診療内科である。高い総合診療の能力を持つ事ですべての患者を横断的に診療でき、さらに専門性を持つ事でその診療能力はさらに高まる。逆にこのような医師がいかに安定した臨床能力、そして高い専門性を持ちうるかは理解できよう。これは2017年より始まる新専門医制度の形態に完全に一致している。
我々の目指す「総合診療医」こそが、本邦の医療形態に一致したGeneralist のあるべき姿と考えている。今後育つ「総合診療医」が日本の未来の医療を支えてくれると確信している。
※ドクターズマガジン2014年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
中元 秀友
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