記事・インタビュー

2017.10.26

【Doctor’s Opinion】間接死防止に医師ができること

新潟大学大学院 医歯学総合研究科
総合地域医療学講座 特任教授

井口 清太郎

 東日本大震災は多くの人にとって忘れ得ぬ災害となった。戦後最大の自然災害であり、死者行方不明者は合わせて1万8800名(平成25年6月13日現在警察庁発表)、震災関連死は2688名(平成25年3月末現在復興庁発表)である。

この震災関連死(間接死)というものはこれまでも大きな震災の度に報告されており、最近のいくつかの震災時の死者数については表1の通りである。この表から読み取れることは、震災で直接亡くなる方(津波、家屋倒壊、火災、土砂崩れなど)がいる一方で、せっかく震災を生き残ってもその後の避難所生活など日常生活とは異なる環境の中で様々な原因で亡くなる方、いわゆる間接死の方が相当数いるということだ。この間接死は防ぎ得た死ではないのだろうか、もっと減らすことはできなかったのだろうか。

この未曾有の大災害に直面して、私たち医師の役割を今一度考えてみたい。これまで震災といえば、阪神大震災に代表されるような外傷を想像しがちであった。圧挫症候群や、種々の外傷による患者が殺到し、ライフラインの途絶により医療機関の機能を損ねることを私たちは想定していた。しかし中越地震以降、いくつかの震災を経て、震災医療はそれだけではないことを知った。震災による直接死を免れ、何とか生き残って避難された方にとっても、季節によっては過酷な状況が待ち受けている。避難所での集団生活は、様々なストレスや、流行性疾患の発生の素地になる。トイレを控えるために水分摂取を減らし、更に寡動となることから肺塞栓症などが発生しやすくなる。寡動はそのまま生活不活発病なども引き起こしADLを大きく低下させる。内服薬を持たずに避難すれば原病の悪化もあり得るだろう。極度の緊張状態の中ではタコツボ心筋症をはじめとする心不全や、高血圧に起因する脳出血なども増加する。災害時高血圧という概念もあり、災害発生時には健常者でも高血圧を呈し種々の心血管イベントが増加することが報告されている。また避難所で提供される食事は、飢えをしのげるとしても疾病を抱える患者さんや高齢者にとって適切なものといえるのだろうか。胃瘻などがあり経口摂取できない方はどうしていたのだろうか。糖尿病でインスリン自己注射をされていた患者さんの中には、インスリンを持って避難することができない方もいただろう。在宅酸素療法中や神経難病の患者さんでは、水や電気などのライフラインの供給が絶たれれば緊急の対応を求められる。血液透析患者でも、数日のうちに生命の危険に直面する。また例え健常者であっても日常生活を離れ、長期間の避難所生活を強いられるということはそれだけでも様々な健康上のリスクにさらされることになる。

この様に考えるとき、震災医療はもはや、特殊な医療としてDMATや救命救急医のみに任せれば済むというものではない。震災を生き残って尚、その後に亡くなる方がいる。阪神大震災や東日本大震災も全死者数の1割を超える方が震災の後に亡くなっている。その間接死された方の中には、適切に対処できれば亡くならずに済んだ方もいるのではないだろうか。医師法を見るとき、その第一条に医師の役割が端的に示されている。曰く「医療と保健指導を司ることによって、公衆衛生の向上と増進に寄与し、国民の健康的な生活を確保する」と。私たち医師は公衆衛生の如何に重要であるかを学んできたはずだ。ひとたび震災が発生したときには、専門性の垣根を越えてこれに対応することが求められている。

日本は震災大国であり、東日本大震災で終わりではない。次が必ず来る。次に備えて今、医師が社会で何を期待されているかを自覚し、対応することが求められている。最後に、明治時代の物理学者寺田寅彦が残したといわれる格言を今一度噛み締めたい。天災は忘れた頃にやってくる、と。

東日本大震災の死者行方不明者はH25.6.13 現在、
間接死はH25.3.31 現在

※ドクターズマガジン2013年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

井口 清太郎

【Doctor’s Opinion】間接死防止に医師ができること

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