記事・インタビュー
財団法人航空医学研究センター 検査・証明部長
福本 正勝
労働安全衛生法は昭和47年に制定された。その背景は、職場での作業環境の劣悪さと健康管理の不十分さにあった。法律制定後、3管理(健康管理・作業管理・作業環境管理)を中心に改善がなされた。産業医は労働者の健康診断を実施し、かかりつけ医として医療面の支援を行った。こうして健康管理の中心となる健康診断も普及し、地域と時代の要請に応えてきた。
では、現在の産業衛生の役割は何であろうか。課題の一つは景気の悪化、低迷、先行きの不安からメディアでも繰り返し取り上げられる「メンタルヘルス対策」である。スキルやキャリアのある人材は企業にとって重要にも拘らず、真面目で仕事熱心な社員が精神疾患に罹ることは稀ではない。産業衛生の立場では、「永く」健康に働くことができる職場環境作りと併せてメンタルヘルス不調者への対応も課題となっている。労働者からは不調時の相談・休職のタイミング・円滑な復職、企業からは発症の予防・早期の復職が要求される。
しかし、産業医の多くは内科医で精神科領域は得意と言い難く、メンタルヘルス対策は完全でない。この対策には、その原因となる労務管理やマネージメントに深く関わることが必要であり、職場巡視・衛生委員会への参加などでの職場環境の把握はもとより業務内容にも十分理解する必要がある。「健康管理」以外のニーズにも応えることが産業医の今後の課題といえる。平成18年の労働安全衛生法改正で義務化された産業医による過重労働面談などはその象徴であり、重要な転換点といえる。
50人以上の事務所には産業医選任の義務があるが遵守されているとは言い難い。福利厚生面の費用削減が顕著な昨今、産業医への報酬を含め、その待遇が良好でないことも事実である。片や、産業医も最低月一回の職場訪問を行い衛生委員会への参加義務もあるが、1/3の産業医は全く訪問をしていない実態があった。人事労務担当者の相談には、産業医が内科医でメンタルヘルスは不得手との理由から、その対応相談すら受けてくれないというものが実に多く寄せられている。何科の医師でも来院した患者を診ずに帰すことは許されないのと同様に、「産業医」資格を持つ医師は、企業・労働者の利益に供することが責務である。以上のように企業・産業医双方に課題を残している。
現在、継続審議となった改正労働安全衛生法には①メンタルヘルス対策の充実・強化、②形式検定及び譲渡の制限となる器具の追加、③受動喫煙防止対策の充実・強化の3つの柱が示されている。①は健康診断にストレスチェックを追加し労働者のストレス負荷状況を把握することだが、企業にも対策が増し重要性が高くなることは明らかである。この中にはメンタルヘルスが不得手だという産業医には、メンタルヘルスに精通した他の産業医や保健師などとの連携も明示されている。理想は産業医が全て対応することだが、専門性が高くなっている現在、メンタルヘルスに対応できる産業医の分担は一つのアイデアかもしれない。更に新型インフルエンザ対策や海外勤務者への対応のために感染症・トラベルメディスンに精通した産業医と連携して職務を果たすことも一案と思われる。
今回の法改正の根本は、産業衛生体制の充実・強化である。施行されれば、産業医選任の企業ニーズが増加すると伴に、産業医は業務を十分に行う必要がある。産業医の業務に専門性をもたせ、労務管理と連携した予防医学に貢献すること、そしてその具体策を医師自らも検討することが重要であろう。
連携先として、企業が労務関係の相談先として頼りにしている人事労務の専門家、社会保険労務士との連携が注目されている。特に、50人未満の企業の産業衛生体制構築や推進のために重要と思われる。医師や医療職同志の連携、そして人事労務担当者や社会保険労務士など他業種との連携が産業医の専門性をさらに高め、企業のニーズに応えることにもつながる。連携や知識を活用するため、実務を中心とした研修などの教育システム構築を大学を超えて考える時期が到来している。企業のニーズに応える、企業を元気にする、予防医学でもそれができると示すことが産業衛生の役割である。
臨床医の使命が患者を診ることであれば、産業医は企業、そしてそこで働く人を診ることが使命といえるのである。
※ドクターズマガジン2012年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
福本 正勝
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