記事・インタビュー
独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構(RFO)理事長
尾身 茂
我が国の医療の再生にとって「鍵」になり得る「総合医・総合診療医」(以下、総合医)についての関心がにわかに高まってきた。本稿では、総合医がなぜ我が国において定着しなかったかその原因を分析し、定着への道筋について私見を述べてみたい。
総合医が我が国で根付かなかった理由については、以下の三点が重要であろう。
①地域住民の専門医志向、及び総合医の重要性・役割について国民のみならず医療界における不十分な理解
②総合医の資格・養成について医療界・医学界の間で合意がなされてなかったこと
③総合医の導入に関し医療界の一部から懸念が表明されていたこと
①については、地域医療の現場において専門医とともに総合医の必要性が明らかになってきている。例えば、岩手県一関市の県立千厩病院の常勤医師は2001年の18名から2011年には5名となり年1名の割合で減少した。地域の一般病院では、夜間、様々な症状を持つ多数の患者が来院するが、専門医の場合、専門外の分野を診るストレス・不安が強く、当該病院を去った主な原因と見られている。残った5名の医師は幅広い診療能力を有する医師で“最後の砦”として地域の医療を守っている。こうした現実を一般の国民に理解してもらうことが極めて重要である。
②については、最近、厚労省の「専門医の在り方に関する検討会」により、現在18ある基本領域の専門医に加え、総合医をその一つとして位置づけるための議論が活発化している。このことは総合医定着のための重要な第一歩と思われる。残る課題は必要な数の総合医をいかに養成するかである。
総合医の養成には、よく見られる疾患(common disease)を数多く経験できる地域の病院の果たす役割が重要である。ちなみに独立行政法人年金・健康保険福祉施設整理機構は平成26年には独立行政法人地域医療機能推進機構に改組されることになっている。この機構に属する全国の社会保険病院・厚生年金病院・船員保険病院も地域医療を担う公的病院として地元医科大学・医師会・関係医療機関、自治体などと連携し総合医育成に積極的に関与したいと思っている。
③については、最も多く表明される懸念・疑問は以下の4点に集約されるであろう。(a )我が国における総合医の定着は英国型人頭払い制度の導入につながるのではないか(b)開業医、診療所へのフリーアクセスが制限されるのではないか(c )総合医しか開業出来なくなるのではないか(d)地域医療に従事している医師、特に開業医の多くは地域において総合医的な機能を従来から担っている。なぜ新たに総合医の養成が必要なのか。これらの懸念・疑問について筆者は以下のごとく考えている。
・我が国の文化、日本人のものの考え方を考慮すれば、我が国には英国型人頭払い制度は馴染まない。
・フリーアクセスについてはこれからも維持すべきである。ただし二次・三次医療機関を受診する際には診療所・開業医からの紹介状を必要とする。
・総合医が定着しても専門医が開業出来ることは当然である。例えば眼科専門医は眼科を標榜し開業出来る。しかし総合医として開業をする場合には総合医の資格が必要になる。上述の「専門医の在り方に関する検討会」により、総合医の資格についての議論がなされているが、すでに総合医的な診療を実践している医師への資格付与は、新卒の医師とは違い、例えば講習会の受講などで資格獲得できるなど、現実的・弾力的な対応が当分の間求められよう。
・最後に(d)については、確かに多くの医師、特に開業されている医師は地域では総合医的な役割を果たしてきており、この点に関し筆者としても心より敬意を表するものである。しかし同時に上記一関市の例で示したような地域医療の現状があることもまた事実である。超高齢社会における多様な国民のニーズに応えるためには専門医の育成と平行し、総合医の養成を制度的に確立する必要があろう。
欧米では、総合医と専門医がそれぞれの役割を果たし連携している地域ではそれ以外の地域に比べ住民がより健康になり医療資源がより効率的に使われるとされている。総合医への関心が高まっている今、地域医療再生の鍵である総合医の定着に向け、関係者がそれぞれの利害を越えての努力が求められている。
※ドクターズマガジン2012年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
尾身 茂
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