記事・インタビュー
国際医療福祉大学塩谷病院 中央検査部長・教授
倉田 毅
日本人は実に不思議な国民である。健康の問題となると常に絶対安全を求める。一般的にはその責任はすべて厚生労働省にあるとして追求し、メディアを含めての大合唱となる。インフルエンザで死者が1名出ると新聞、テレビでトップニュースになる国は、世界で日本だけである。
今にも日本国民が全滅するかのごときわめきぶりである。医療・医学は生命の絶対安全の保証はできないが、例えば感染症罹患のリスクを減らすことはできる。政治家を含め日本国民は“生命”“生命”と叫ぶ。その割には、生命・医学・医療分野の研究費や感染症への対策について使われる税金は、工業関係に使われるそれとは比較にはならないほど少ない。10年前の調査で工業:農業:医学の研究者一人あたりの国の研究費は、室長や准教授クラスで100:10:1であった。米国はヒトの命に関する分野は採算がとれないのが当たり前としてNIH、CDC、FDAに膨大な人と研究費や実務費を投入している。それとは大きな違いである。人口比で換算しても30-100倍の格差である。日本では驚くべきことに、第一に効率性が要求される。生命を守るためには、この方向性はしばしば矛盾する。
生命を守る現場は一般的にかなり貧しく、効率性ばかり求めると生命は失われる事を認識すべきである。事がおきると、日本国民はその対応に常に世界のトップを求める。米国でできることがなぜできないのかとわめかれる。インフルエンザ対応のように、日本の方がきちっとやっていることはいくらでもある。
我が国は口で言うほど頭と心の対応は近代化も進化もせず、海外に追いつき追い越せの明治以来の発想がいまだに変わってはいないと思われる。そして工業技術関係の代表が政治を左右するわけで、医学のような生命分野にお日様があたる=頭と心が途上国から脱出できるのは何年先のことであろうか?インフルエンザ・パンデミックの総括で我が国の対応が“欧米先進諸国に比べておくれをとった”というくだりには筆者は発狂した。いまだぬぐいきれない欧米コンプレックスの塊のようなものであったからである。
筆者は日本の素晴らしい先端技術が「はやぶさ」や米国のシャトルに、コンピューターや車製造にいかされていることは理解し、それ自体は称賛されてよいと思う。しかし車の購入に膨大な国費が投入されている一方で、医療費を払えず自殺や孤独死する高齢者の記事を見るのはあまりにも哀れである。我が国で福祉の大合唱が繰り返されて、そろそろ30年をこえる。多数の国会議員が毎年欧州の福祉政策視察に外遊されている。しかるに今持って“これが日本の福祉政策だ!”と絶賛しうるものをみたことがない。
さて問題にしようとしたのは日本人の生命に関する考え方のいい加減さについてである。つまり毎年交通事故で5000-6000人が亡くなり、もとに戻らない傷を負う人数はその5倍以上である。1960年代末から数年間、約1万3000人が車の事故で命を失なった。筆者には、なぜ大新聞や雑誌などテレビを含むメディアの交通事故に関する扱いは小さな囲み記事で、1名のインフルエンザの死亡が一面トップなのかが疑問である。日本人は、交通事故に対して極めて寛大である。車を造る=経済産業省、道路を造る=国土交通省、取り締まり=警察庁であることは理解している。そもそも江戸時代にかごが走った小道に戦後アスファルト舗装をしたにすぎない道に、時速150-200㎞/時の性能の車が氾濫し、規則も守らず走るのだから事故は当たり前であろう。
なぜメディアはそれをインフルエンザ騒ぎのように大キャンペーンをしないのか?私はよくはわからないが、車の広告費ではないか?と勝手に推測している。これでは事故死が減るわけがない。病気で亡くなることに関しては責任問題を、これでもかと論ずるメディアが交通事故死には論戦を繰り広げることはありえない。筆者は運転免許も車も持ってはいない。欧米での5年以上の滞在でも車なしでなんとか生活してきた。中学生の標語で事故が減るとでも真に考えているとしたら滑稽である。免許保持者に常時徹底教育をすべきであり、小道を走る車は時速40㎞しか出ないようにしてはいかがか?今以上命を無駄にしないために。
そして最後にヒトの生命を守る分野にもっと税金をそそげ!!
※ドクターズマガジン2012年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
倉田 毅
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