記事・インタビュー
聖マリアンナ医科大学 救命救急センター長
箕輪 良行
東北海岸地帯の瓦礫と福島第1原発の崩壊建屋や放射線被曝は、東京のかつての焼け野原と広島の原爆ドーム、長崎の被爆地の景色を思い起こして重なるような景色だ。3月11日の東日本大震災は三陸の大津波被害と福島の原発事故の複合災害となった。多くの人びとが失われ、二つの原子爆弾で廃墟となった65年前の敗戦の歴史的意義と今回は全く違う。地殻変動によるM9.0の巨大地震で高さ10mに築かれた防潮堤を容易に突破した大津波と予期しない原発の全電源喪失。
大津波で2万人余りの死者や行方不明者、避難民がうまれた気仙沼、石巻、南三陸、宮古、釜石といった地域には急性期から多くの団体が入った。自己完結型の災害支援ができる自衛隊は10万人規模で活動した。DMATは訓練通り指揮命令系統に従って、クラッシュ症候群のような超急性期のニーズをターゲットに活動した。3月22日まで入った340チームは、残念ながら直後死が多く避難所の軽症者医療に力を発揮できなかった。
3〜5月には、被災しながら避難所医療を続けている現地医療関係者を、JMAT、日赤、TMATといった団体が、短期的に都会から医師を継続的に派遣し、亜急性期、慢性期のプライマリケアに比重の大きい医療を支えてきた。避難所外の傷ついた在宅患者への訪問ケアを医師、ナース、歯科衛生士がチームプロジェクトとして早期から介入した。介護保険施行以前の阪神ではシステマチックに取り組まれなかった注目すべき動向だ。
「東京に原発と」と広瀬隆氏が1981年に叫んだ通りになっていたら、大津波の被害はともかく、このような原発事故に見舞われる前に原発停止へと進んでいただろう。まさに、人類に十字架を背負わせるものである。原発1個を完全に廃炉にする手順さえ確立していないのである。実際に、「想定外」を繰り返す東京電力の幹部は、あまりにコストがかかるので過酷事故対策を講じなかったのである。福島1号機は地震後15時間でメルトダウンに至っていたと2カ月後に公表した。
今回の原発事故は誤った技術論に依拠した人災である。福島第一原発と同型である沸騰水型軽水炉を58年に設計した3人のGEの科学者が75年に重大な欠陥を指摘し運転中止を提案して抗議の辞職をした。さらに米原子力規制委員会も「冷却機能を失うと数時間後に炉心溶融が起こる危険がある」と85年に指摘している。薬効と副作用が剣が峰である薬物治療のような不完全技術ではなく、はるかに安全性の高い完全技術と見なされてきた原発では、欠陥が見つかれば直ちに修理することが義務づけられている。
原子力安全保安院はじめ15団体以上の原発推進団体と政府が一体になって「安いきれいな原子力エネルギー」神話を宣伝してきた。神話が破綻した現在、放射線未処理核物質が大気には時間線量で従前の200〜300倍、海へ4720兆ベクレル、そして水、地下へ放出された。被曝の危険と背中合わせで作業する現場の方たちに敬意を表したい。
津波は流体として低いところを襲って破壊した。筆者が83年三宅島雄山噴火で自ら体験した400所帯を埋没した溶岩流と似ている。目に見えない大気の放射線汚染も2000年三宅島噴火で火山ガスのために3500人の全住民離島、5年間の島外避難を思い出す。三宅島という小規模な自治体で経験した災害急性期以降、20年以上の復興過程で、避難所医療にあたる医療スタッフへのサポート、被害状況(自宅全壊か半壊か)と避難先によって分断される地域コミュニティーと住民の悲劇、再建力がある若手の働き手がいる世帯の域外流出、長期の避難指示による分散・低下する自治体機能といった現実に医療は向き合ってきた。
長く医療過疎で悩んできた三陸沿岸部で、藤沢町民病院(佐藤元美院長)は地域包括ケアとして自治体住民を基盤にした医療、介護が恊働するモデルを推進してきた。中長期の地域復興に合わせた保健医療計画は藤沢モデルを生んだ歴史的経緯を踏まえるべきである。阪神大震災後に行われた都市型の復興計画とは異なるはずだ。「取り返しのつかないものを如何に取り戻すか」(大江健三郎)。東電には原発事故の制御活動によって放射線物質処理と廃炉を工程表通り一刻も早く実現してもらわなくてはならない。太陽光、水力、風力といった分散型エネルギー社会を目指す方向は、地域に根ざした包括ケアの理念が重なる。何よりも東日本大震災の復興計画は当該地域のニーズに即したものでなくてはならない。
※ドクターズマガジン2011年8月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
箕輪 良行
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