記事・インタビュー
あおばメンタルクリニック院長
(元『DOCTOR’S MAGAZINE』オブザーバー)
市村 公一
「人は皆、最初はお母さんのお腹の中にいます。それで、お母さんのお腹にいる間は、守られているから安心なんです。でも、いざ生まれてくると、どこだかわからないところに突然出てきて、おまけに人間の赤ちゃんて、すごく未熟ですよね。放っておかれたら、死んでしまいます。だから、このまま死んでしまうんじゃないかとすごく不安で怖いんです。泣くことしかできないし。でも泣けばお母さんが来てオッパイをくれたり、お尻を拭いてくれたりと世話をしてくれる。とっても怖いんだけど、泣けばお母さんが来てくれる。泣けばお母さんが来てくれる、という体験を何度も何度も繰り返すことで、初めて人は生きていけるんだという安心感を得ていくんです。
ところが、泣いてもお母さんが来てくれないとか、お母さんや、お父さんにしょっちゅう怒られるとか、両親がいつも喧嘩しているとか、何かの都合で親戚の家に預けられてしまったとか、幼いころに何かしらハッピーでない環境で育てられると、子どもはなぜか『それは自分が悪い子だから』と思ってしまうんです。だからいい子にならなければいけない。ちゃんとしていないといけない。いい子でないと自分は捨てられてしまうと、そんなふうに思ってしまうんです。
そして、一度そう思ってしまうと大きくなってもその意識は抜けなくて、いつもいい子にして。仕事も何もかもきちんとしていないと不安になってしまうんです。のんびりお茶したりしていると、何かサボっているような気がして、いつも何かしていないといけないという気持ちに追い立てられてしまうんです。
それに、人間関係の出発点はお母さんとの関係なんですが、このお母さんとの間に心から安心できるという関係が築けなかったために、大きくなって友だちができても心から信頼することができないんです。普通なら昨日まで友だちなら今日も友だち、明日も友だちと、ごく自然に信じられるのに、毎日顔色を見ては『今日は○○ちゃん、大丈夫かな?』と確認しないと不安になってしまう。そして、何かいつもと違うと感じると『何か悪いことをして嫌われてしまったのかしら』と思って、絶交と言われないうちに自分から離れていってしまう。だから、なかなか友人関係がつづかない。
心のどこかに『私なんて生まれてきてはいけなかったんだ』という思いがあって、だから、なんとなく死にたいとか、死んでもいいやという気持ちが漠然とあって、いつも頼りなくて、だからこそ誰か自分を、自分のすべてを受け止めてくれそうな特に異性に出会うと、全面的に頼ってしまう。でも、そんなふうに頼ると、相手の負担が重くなって長つづきしない。
どうです?ご自身を振り返って、思いあたるところはありませんか?」
境界性パーソナリティ障害(以下、BPDと略)と思われる患者さんに以上のような疾患モデルを説明すると、たいてい眼に涙をいっぱい浮かべてウンウンと何度もうなずく。BPDと言えば10代、20代のリストカットや過量服薬を繰り返す若い女性の病気という理解が一般的かもしれないが、30代はもちろん、40代、50代でも該当する女性は多い。むしろ、私は開業してまだ2年だが、イライラや情緒不安を訴えて受診される女性や、前医でうつ病やパニック障害と診断されたがなかなか改善しないと受診される女性のほとんどがBPD、ないしBPD的心性の濃厚な方である。
私のクリニックがある沿線には多いと聞いてはいたが、それにしても訪れる女性、訪れる女性が皆BPDというのは驚きであった。
「自分で自分をどんどん追いつめて、苦しくなってしまったんですよ。毎日、毎日120パーセント、いや200パーセントのエネルギーで生きていませんか?朝起きたときから、今日はあれして、これしてと。ひとときも気持ちが休まりませんよね。だからお子さんが熱を出したり、何か予定外のことが出てくると、もう、それを受け止めるだけの余裕がないんです。時間的にも、それ以上に精神的に。だから混乱してどうしていいかわからなくなってしまうんです。
あなたに必要なことは自分を追いつめることをやめて、余裕を持つことです。と言っても、そんなに簡単にできるわけではありませんけれど。まず、毎日することをなるべく減らしていきましょう。明日でいいことは明日に、来月でいいことは来月に、みんな先送りして余裕をつくるのです。
何か予定ができたら、必ず同じ時間だけ予備の時間をとって、予定どおりに終わったらその予備の時間はあなたへのご褒美として休んでください。それから毎日うれしかったこと、楽しかったことだけ日記に残すようにしてください。ネガティブなことは、いっさい書かない。いいことだけ……」
私の精神療法はこんな感じで始めるのだが、心療内科や精神科の先生方には「うつ病」や「パニック障害」で終わらせないで、もう少し患者の心の奥まで診てもらえないものだろうかと、駆け出しの分際ながら、思う毎日である。
※ドクターズマガジン2011年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
市村 公一
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