記事・インタビュー
佐久総合病院老人保健施設こうみ管理者
清水 茂文
2000年8月号の『DOCTOR'S MAGAZINE』の「ドクターの肖像」で故若月俊一氏が取り上げられた。世界で初めて農村医学を確立し「農村医学の父」と呼ばれている人である。この文章のメインキャッチは、「己と民衆の弱さを認める強さを持ち、医療の民主化のために闘った55年」となっている。氏が世界中に残した足跡とそれを結ぶ命と健康のネットワークは、世界の果てまでつながっている。
この号では、特集「地域医療」が組まれ、佐久病院の地域医療の実践も紹介された。当時、私もインタビューを受け、最後に「……地域医療は『医療の一部である』と考えている限り発展はありません。地域医療は『地域の一部である』と考え直すことによって、新しい発展が期待できる……と述べた」と紹介されている。インタビューの中で、私は多くのことを述べたが、これをまとめの言葉にしてくれた編集部に心から感謝している。あれから10年余、私はこの言葉を胸に刻み苦悩しながら歩んできた。
佐久病院・基本理念の結語部分は1999年3月まで、「……病院づくりをめざします」となっていた。それを同年4月、「……地域づくりへの貢献をめざします」に変更した。変更した理由は次のような考え方にある。かつての農村地域には多くの農民がいて農業がさかんだった。しかし、日本が戦後復興の重点を工業化に置いたため、日本は高度経済成長をなし遂げたが、そのぶん農業は疲弊し農村は過疎高齢化で崩壊の危機にさらされる結果となった。医療や医療機関の土台には、地域で暮らす住民とその暮らしがなければならないが、その土台が今や危なくなってしまった。一方、過疎高齢化は、医療・福祉ニーズを増大させる側面があり、それを逆手にとって医療・福祉事業を推進し、地域づくり・地域再生のテコにしようという構想が提唱された。これは1988年、医師・医事評論家である故川上武氏によって提唱され、「メディコ・ポリス構想」と名づけられた。私どもはこれを取り入れ理念を変更し、行動目標に「メディコ・ポリス」の実現を明記したのである。
一般的に「地域医療」は身近な医療、第一線的な医療という意味に理解され、専門医療と対比される。困るのは、地域医療に従事する医療者は、専門医療に従事する医療者よりも劣るという偏見だ。これは主に医療者間の見方であり、一般住民はあまり偏見を持たず、両方とも必要だと考えている。この偏見を生み出す根源は日本の医学部専門教育と、それを善しとする一部マスメディアにもある。
さらに困るのは「地域医療とは何か?」という定義が曖昧な点。この用語を使う人によって、その意味はさまざまであり、正反対の意味で使われることさえある。便利な曖昧語である。私は約20年前、農村における地域医療の本質を「本来、公共の責任においてなさねばならぬ保健・医療・福祉の諸施策を、個人または地方自治体、もしくは医療機関にその責任を転嫁することにより、低保健・低医療・低福祉にとどめようとする制度、政策の反映である。したがって、農村における地域医療は基本的に抵抗と闘いの実践的論理である」と記した。この用語を医療界という狭い空間にとどめず、地域という広場に立って一般住民の立場で言えば、こういう認識になると思ったのだ。
しかし、約20年後の今、この認識では有効性がないと思っている。先述したように、前提となっている地域が大きく変貌してしまったからである。ただ、地域という用語は曖昧語で共同体や共同社会との関係性も明確に分析されてはいないが、これらの要素を含み持っていることは確かであろう。
人間と人間、自然と人間が鋭い矛盾で先を見通せない現代、医療と地域社会の関係性も根本から見直さなければならない時代になったのだと思っている。
地域医療は「地域の一部である」と述べた背景には21世紀に託すいろいろな思いがあった。私どもの病院の理念、その中心にある用語は「農民とともに」であり、これを掲げている以上、農民――農業・農村と運命共同体である。
※ドクターズマガジン2011年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
清水 茂文
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