記事・インタビュー
高知女子大学学長
山根 洋右
地域住民の声を聞くのが地方主権の大原則
「動物は 親には餌を運ばぬと 息子は言えり老い行く吾に」
「転びしまま 庭に5時間人待ちし子の無き姉の八十路悲しき」
「祖母には 祖母の正論があり 呉服屋へにんじん買いに行くと言い張る」
5人にひとりが高齢者という超高齢社会。高齢者とその家族の不安と悲鳴が新聞に投稿された短歌からうかがわれる。全国でもっとも限界集落の多い高知県では四国山脈の山肌にしがみつくような村落が多く、地域医療危機と超高齢社会への政策を希求している。「東京の息子が『心配やき老人ホームに入りや』と言うき、老人ホームに入ったけんど、ひとりのほうが気が楽やき、この村に帰ってきた。去年の冬、中風がついて、新聞配達さんに助けてもろうたぞね。やっぱり、孫の声やら谷川のせせらぎを聞きもって、向かいの山の桜を見もって死にたいぞね」「お姑さんが惚けて、徘徊やら、しもの世話で忙しいぞね。去年は盆に帰ってきた子どもらあに、嫁が金を盗む言うて、大騒ぎになったぞね。お父さんが私をかぼうてくれたけんど、親族会議で病院で診てもろうたら、まだら惚けということやった」
地域住民の声に耳を傾け暮らしを見つめ、地域コミュニティの現状から人間尊厳の地域づくりの政策課題を積み上げていくことが、地方主権時代の大原則ではなかろうか。
10年にわたって停滞する日本の健康福祉政策
日本の政治劣化と社会混迷とは対照的に、先進諸国では着実に社会的実験を積み上げ、実効性ある高齢社会政策を再構築している。日本でも霞が関の省庁の机上ではなく地方の市町村、農山村の暮らしの中から住民参画による実証的参加行動調査研究を積み上げ、「専門家市民」である住民と市町村職員を中心に超高齢社会への政策形成ネットワーキングの展開が急がれる。
日本の健康福祉政策は2000年の健康づくり運動「健康日本21」、2002年の健康増進法公布以後停滞しダイナミックな発展進化が見られない。
その間、限界を超えつつある地球生態系、不透明な政治と経済、“神の手”に近づく医学進歩の責任、多様化する社会ニーズと価値観、地方主権の潮流と市民主体の思想、腐朽する父権主義と官僚主義、深刻化するモラルハザード、ヘルスデモクラシーの成熟(WHO)などの社会的諸要因が地域主権への期待をますます強めている。
着実に展開する先進諸国の健康福祉政策
一方、先進諸国では、オタワ憲章(1986)、アデレード勧告(1988)、スンツバル声明(1991)、ジャカルタ宣言(1997)、メキシコ声明(2000)、バンコク憲章(2005)、ケニア要請(2009)と着実に政策を展開している。この国際的ヘルスプロモーションの潮流は、「健康と経済社会発展のバランスのとれた結合」、「住民の知識、価値観、地域活動の発展」、「健康的な個人的スキルやライフスタイル形成の支援環境構築」、「健康的環境と社会開発への主体的な住民参画」、「健康のための安全で適正な科学技術の発展」、「女性・高齢者の役割重視と活動支援」、「科学的健康的公共政策の形成と遂行」、「グローカルな国際協力推進と強化」、「効果的ヘルスサービスの見直し」が重要な政策コアである。
スウェーデンの成果 厳しい日本の社会状況
たとえば、スウェーデンでは、住民の社会参画と社会の政策形成能力の強化、経済的生活保障と安心・安全な生活、健やかな青少年期の環境保障、健康的な職業生活、安全な環境と安全な製品や、化学物質、放射能、有害物質等の忌避、健康を自己統御する技術と科学的知識、自然環境との共生、新興・再興感染症の予知予防を政策課題とし成果をあげている。
対する日本では、「豊かな日本社会」幻想が、グローバリゼーションと新自由経済体制のきしみの中でもろくも崩れ、「希望喪失の格差社会」を露呈し、健康、医療、福祉を巡る包括的・戦略的政策の貧しさが、地域医療の荒廃をはじめ、国民の生活環境を一段と深刻なものにしている。
※ドクターズマガジン2011年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
山根 洋右
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