記事・インタビュー
国立病院機構九州医療センター名誉院長
学校法人原看護専門学校学校長
朔 元則
今、我が国では医師不足問題、看護師不足問題が大きな社会問題になっている。日本の病院では、勤務人員が欧米の病院に比較して圧倒的に少ないことが医療従事者の中では昔から常識であったが、残念ながら世間の常識とはなっていなかった。有効な対策がとられないままになっていた長年のツケが、一気にまわってきたという感じである。
現在、政府与党が掲げている医師不足対策は、医学部学生の定員増と医科大学(医学部)の新設である。残念ながらこれらの施策はほとんど実効がないばかりか、将来我が国の医療界を混乱に陥れるだろうと私は考えている。
医師の育成には10年は必要であるため、医学部の定員増が当面の医師不足の解決策にならないことは自明だ。しかも、医師不足問題は、医師の絶対数の不足よりも、医師の地域偏在と専門診療科の偏りこそが問題なのである。
救急専門医、外科(脳外、心外などの外科系医師を含む)、産婦人科、小児科など忙しくて夜間の救急が多い科を若い医師が敬遠するという問題に手をつけずに、医学部の定員を増加しても、なんの役にも立たない。
医科大学(医学部)の新設に、今、手を挙げるところがあるとすれば、それは私立の医療福祉大学のようなところであろう。しかし、高い授業料を支払って医師となった良家の子女が、労働条件の厳しい診療科で安い給料の勤務医として頑張れる可能性は、少ないのではないだろうか。医科大学の新設は15〜20年後の大都会での開業医の競争激化を招くだけで、我が国が抱えている医師不足の問題解決にはならないと私は考えている。
昨今、医師不足の解決策のひとつとしてアメリカで始まったNurse Practitioner(NP)制度を日本にも導入しようとの動きが活発である。
私も厚労省の「チーム医療の推進に関する検討会」の委員のひとりとして会議に参画させていただいた。検討会では、日本型NPである特定看護師の育成に向けて試行を行いながら、さらに詳細をワーキンググループで煮詰めていこうではないかとの結論にはなったが、当然、賛成、反対の両論があり、全員一致という状態には、まだいたってはいない。
私は1948年に制定された保健師助産師看護師法という古い法律が現代の複雑な看護業務に対応できなくなっている実情を考えれば、この機会に法律の見直しが、必要だと考えている。
どのような業種でも、トップランナーと言われる人たちがいないと発展しない。特定看護師が日本の看護界の牽引者として、そのレベルアップに貢献してくれれば良いと考えている。
ただ問題なのは、我が国の看護師養成があまりにも大学教育にシフトされつつある点である。大学で高度な看護学を学び、大病院のICUやERで働く専門的な技術を持つ看護師が必要であるのは確かだが、同時に、慢性期疾患や老人医療、緩和ケアの世界で患者さんに寄り添った看護を行う看護師もまた、より以上に必要なのである。
そのような看護の場では、専門学校や准看護師養成施設出身の看護師のほうが、より適切な看護ができると考えるのは私だけであろうか。
また、長引く経済不況の中で、日本の産業界は人余り現象に苦労している。人手不足に喘ぐ医療現場に、産業界から人材をシフトさせることは、大きな政治課題のひとつであろう。
とりあえず准看護師養成施設で最低限の看護知識と技術を身につけ、あとは働きながらキャリアアップしていく。働くことへの取りかかりの門戸を広くしておき、労働の楽しさと喜びを若者たちに植えつけ、やる気のある人間はキャリアパスを利用することで、いくらでもキャリアアップできる仕組みを充実させること。これがニートの増加にも悩む現代日本には、ぜひとも必要なことではないだろうか。
たとえ時間はかかっても、准看護師からスタートして特定看護師にまで進む人材が出てくることを私は望みたい。その実現に向かって微力を尽くしていきたいと考えている。
※ドクターズマガジン2010年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
朔 元則
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