記事・インタビュー
沖縄県小児保健協会理事<br/ >沖縄県立南部医療センター・こども医療センター元院長<br/ >安次嶺 馨
生活習慣病は、我が国の国民の大多数が罹患し、莫大な医療費がつぎ込まれている疾患群だ。厚生労働省はその対策にやっきとなり、全国の自治体に対して40歳以上の男女に特定健診、特定保健指導を義務づけている。言うまでもなく、糖尿病、高血圧、心筋梗塞、脳卒中などの生活習慣病の源流には「肥満」があり、生活習慣病予防対策は、すなわち肥満予防対策でもある。近年、生活習慣病の低年齢化が進み、小児科領域においても大きな健康上の問題となっている。その最大の原因は食生活の欧米化であり、ライフスタイルの変化である。
第二次世界大戦後、世界一の軍事・経済大国として豊かな食生活を謳歌し、いち早く国の隅々まで自動車社会を築き上げたアメリカは、また、肥満大国、生活習慣病先進国でもある。
ファストフード、スイーツ、ソフトドリンクをはじめ、あり余る食品に満ち満ちたアメリカは極端な肥満者・肥満児のあふれた国だ。近年、アメリカでは肥満手術(胃バイパス術)が、うなぎ上りに増加している。手術の適応はBMI40以上(肥満に起因する合併症がある場合は35以上)でダイエット効果のない患者である。
2008年の全世界の肥満手術件数約35万件のうち、22万件がアメリカで施行されたという。ある報告では、肥満手術による合併症率6.4%、死亡率0.1%とされる。一方、我が国でも近年、胃バイパス術が行われるようになり、これまでの症例は約500例に達するが、先進国ではもっとも少ない数だそうだ。とはいえ、日本でもBMI35以上の重症肥満者は人口の0.5%、約60万人いるので、この手技は今後、普及すると予想される。
ところで、学校肥満調査によれば、我が国では子どもの肥満が1968年から30年間で、3倍に増加している。炭水化物・脂肪過多の食事、運動不足、夜型生活など生活習慣の変化により小児肥満が蔓延し、小児のメタボリックシンドローム、糖尿病、高血圧などが増加している。小児のメタボリックシンドロームの約70%は成人のメタボリックシンドロームに移行するので、将来の我が国を背負って立つ人材が病人だらけにならないよう、今すぐ、その予防対策に取り組まなければならない。しかるに、国は成人の生活習慣病対策にだけ目を向けており、また医療界も、続々発生してくる子どもたちの生活習慣病予備軍にあまり関心を払っているとは思えない。国家百年の大計を考えるならば、子どもの生活習慣病予防対策こそが最優先されるべき保健医療政策であろう。
さて、ここで私がもっとも主張したいことを述べる。
最近、小児科領域のトピックスとして、熱い視線を浴びている分野が、DOHaD(Developmental Origins of Health a nd Disease)である。これは一口に言えば、胎児期・乳幼児期の栄養環境が、将来の生活習慣病のリスクファクターになるというもの。たとえば、胎児期の低栄養は、胎児の膵β細胞の発達異常によるインスリン抵抗性や腎の低形成による高血圧などをもたらし将来の生活習慣病に発展する。また、母乳栄養児は人工栄養児にくらべて思春期の肥満や高血圧が少ないなど、発達途上にある胎児・幼児期の栄養・生活環境は生涯にわたって影響するという驚くべきデータが集積されてきている。すなわち、成人の「生活習慣病の芽」は、胎児・赤ちゃんのときから存在するのだ。
今、第一線の医療現場を離れた私は「赤ちゃんから始める生活習慣病の予防」をライフワークと考え、いろいろな機会を利用し人々に、このことを伝えている。「赤ちゃん」という言葉には、もちろん母体の中で育まれる胎児を含めている。
生活習慣病の芽を摘むためには、まず赤ちゃんを望ましい良い環境で育むことだ。妊娠中の母体が健康を維持し、胎児が順調に成育するための指導と良い産科管理を行う。出生後は赤ちゃんが母親の腕に抱かれて母乳を飲み、タバコの害のない環境ですくすく育つことが大切である。さらに、赤ちゃんが成長する過程においても多くの生活習慣病のリスクファクターが待ち構えている。いわく、ファストフード、ソフトドリンク、受動喫煙、運動不足などである。これらのリスクファクターを排除し、子どもたちが心身ともにすこやかに育つ家庭・社会環境をつくることが、子どもを将来の生活習慣病から守るのである。
「赤ちゃんから始める生活習慣病の予防」は、我が国が活力ある国として発展する礎になるものと、私は信じている。
※ドクターズマガジン2010年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
安次嶺 馨
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