記事・インタビュー
医局のツテなく、自らの手でスタンフォード大学PM&Rスポーツメディスン科への留学を果たした福島 八枝子先生に、いかに道を切り拓いたかをお聞きしました。「海外でチャレンジしたい」、「臨床経験を積みたい」、「勉強したい」と思っている医師の皆さんに、海外学会での立ち振る舞い、CVの作り方、自己PRの方法など、実践的な内容をお伝えします。
1. 自己紹介
PM&Rスポーツメディスン科のドクターズチーム。「Team MSK-Ultrasound」と名付けました。
私の自己紹介文です。まずは読んでみてください。
福島 八枝子
スポーツ医学研究、運動器超音波診療、整形外科専門医
スタンフォード大学PM&Rスポーツメディスン科所属(2016-2018)
ピッツバーグ大学PM&R科所属(2018-2019)
関西医科大学リハビリテーション医学講座 助教
「手術をしないで治す整形外科」を目指している、少し変わったおもしろい先生
大阪で生まれ育つ。幼少期から体を動かすのが得意、中学受験対策時に大手有名進学塾や家庭教師を始めるも教科が多すぎてどれも成績が伸び悩み、自分は大して賢くないと自覚。そのまま落ち込むのではなく、「本当に限られた、好きな事しかできない人種なんだ」と認識。大好きな医学を志す。
医学部卒業後、約10年間を整形外科医として手術修練を積む中、手術だけでは完全に痛みが取り除ききれない運動器障害の存在に気付く。むしろ手術適応とならない痛み症例の多さにショックを受けるが、そのまま落ち込むのではなく、「手術をしないで治療する整形外科」という新たな境地に至る。
いったん外科医を降り、運動器を見つめなおすため関西医科大学健康科学科、大学院医学研究科博士課程へ進学。日本国内での「外科医は手術をすべき」という「べき思考」に別れを告げ、欧米のスポーツ医学学会へ参加し始める。どうせ海外へ出るなら上から当たろうと米国カリフォルニアスタンフォード大学病院へ照準を合わせる。学会会場でスタンフォード大学のFredericson教授を直撃し直談判。大阪弁イングリッシュで自己アピールと熱く夢を語った。
その後奇跡的な採用通知があるも、本人が希望していた2017年からではなく2016年の採用と言って譲らないスタンフォード大学からの無茶ぶりに答えるため、本来4年かかる医学博士を3年で取得。2016年にスタンフォードPM&R科で日本人初となる医学研究者として採用された。プロジェクトリーダーとなりFredericson教授と行った研究は2018年度米国AMSSM Foundation 「Research Grant Award」を受賞。
帰国後も精力的に日本版PM&Rを目指し、大学リハビリテーション医学講座へ入局。超音波ガイド下注射をメインに運動器超音波診療を行う傍ら、プロスポーツで活躍するアスレチックトレーナー陣と共に「運動神経を良くするプロジェクト」を発足。スタンフォード大学スポーツ医局の山田知生氏との親交は深く超一流のスポーツ医学を直接人々に届けている。
その他、民間企業と連携し、安価なインソールひとつで運動器を健康にしようと挑戦している。哲学、健康心理学などの多彩な趣味はもはや趣味の範疇を超え、コラム執筆業務も担う。現代人が抱える問題に独得な感性からメスを入れ、毎日が楽しくなる思考を提供。
自分が生きている理由は世の中の人々を楽しくするためだと開き直る。笑いながらスポーツを満喫できたら、この世が自然と良くなると信じている。
この自己紹介文、皆さんと比べていかがでしょう。
少し長いのでは?、そこまで大袈裟に書く必要ないだろう?と思われた方もいらっしゃるかも知れません。ただ、これくらい自分自身の事をアピールしないことには、自ら留学の道を切り拓くのは難しいのです。
2. 海外を目指すきっかけと障害
大学院生時代に自主参加したアメリカのスポーツ医学学会で大きな文化の違いを目の当たりにしたのがきっかけです。帰国後すぐに渡米を考え始めましたが、英語力、コネクション、どこに留学するか、費用など、障害はたくさんありました。
しかし、私にとってこの「障害」という言葉の解釈は少し異なっていて、多くの人は「壁」と捉え自分自身でストップをかけることが多いですが、私は「ハードル」と捉え、「本気になれば大抵の事は乗り越えられる」と思っていました。
適切な時期や場所、手法が間違っていることがあるかも知れませんが、本気を出せば誰でも大抵の事はできると思います。英語は大して話せない、そんなに賢くもない、ツテもない私がスタンフォード大学に留学できたのですから。その方法をお伝えします。
3. 留学したい!と思ったときにやるべき事
それは絶対、「英会話力の習得」です。私はアメリカに行くと決めてから英会話の勉強を始めました。苦手だったHearingはニューヨークのラジオ番組を自宅でずっと流し、日本のテレビ番組は見ないことを徹底しました。日本語は聞かない。自宅では英語のみ。独り言も英語で話すよう心掛けました。
記憶力の低下を感じていた30代でしたが、本気で挑むと成果を実感することができるようになり、さらにオンライン英会話でSpeakingを追加することで劇的な飛躍を遂げました。最近は安価なオンライン英会話が非常に増えていますが、やはりネイティブの講師料は高いため、私は安価なサイトと高価なサイトを掛け持ちしました。サイトによってはバイリンガルの先生とも会話ができます。日本語で説明を受けないと理解が難しかった私には、英語の微妙なニュアンスの違いを知るには非常に役立ちました。自信をつけてくださった講師の方には本当に感謝してもしきれません。
4. 自宅で本格的英会話が可能
このように、日常英会話の練習は独り言や日常生活動作を英語で行い、安価なオンライン英会話で確認するという日々でした。そこで学んだ最も大切なことは、日本語から英語に翻訳するのではなく英語でそのまま考える「思考癖」を身に付けることです。これがSpeaking習得の最短コースです。
例えば夕食時の何気ない家族との会話で「そこの醤油取って」を“Can / Could you pass me the soy-source?”と言ったり、独り言の「あ、そうや!今夜は仕事の後デートの約束があったわ。」を“Oh wait! do not forget I have a date tonight after work.”とつぶやいてみるなどです。
「財布、何処に置いたっけ?」でもなんでも構いません。生活の中で自分の口から出る日本語をすべて英語にしてみます。そして、それが本当に合っているかをオンライン英会話でチェックするという流れを繰り返しました。
5. 言語学習にお金をかけない
持論ですが、言語学習にお金をかけるべきではないと思っています。なぜなら言語学習・文化学習は一生かかります。1、2年ちょろっと留学して、それでまるでアメリカ全部を知ったような「アメリカかぶれ」ではいけないと思っています。海外赴任中に研究を終えた気になっていても、当然、帰国後も共同研究は続きます。医学とは日々進化し変化するものです。その度に医学英単語もアップデートされ、一生をかけて取り組むものなので、一つ一つへの出費は避けたいところですよね。
先ほどからお伝えしているオンライン英会話は「講師の時間を買う」ようなものです。当然、生徒のCVや資料などの文章を「事前に」目を通してもらえる時間などありません。もしそうしてほしいなら、生徒側は目を通してもらう時間を購入せねばなりません。私は講師とのオンライン会話中に、「実は今度、個人情報を含んだ書類をチェックしてほしいのだけど、履歴書2枚分なら何分必要?」と聞き、チェックしてもらいました。常に、時間的に効率の良いレッスンを心掛けました。
6. 専門英語を習得
先ほども触れましたが、医学英単語は常にアップデートされますので、私は何度もスポーツ医学の学会へ参加し続けました。「専門領域である医学英語の発音の習得」が必須だからです。スポーツ医学ならスポーツ医学の学会で使用される専門用語や、同業者が使う言い回しなどを覚えねばなりません。それに、「学会での最近のトピック」を知らないと専門家の友達を作るきっかけができにくいのです。他の研究者と共通の話題がなければ会話は続きませんし、研究の話もロクにできなければ、「共同研究を始めようか」という話にもなりません。これは日本国内でも同じかと思います。それが外国人になれば、その場で門前払いとなるのは疑いの余地もありません。
7. シャイを克服した結果、見えてきた未来
人間は誰しもシャイだと思います。私自身もシャイに分類されるでしょう。ただ、海外で研究をしようと決めた以上は恥ずかしがっている場合ではないので、国際学会ではとにかく話しかけました。会話術のポイントは以下の通りです。
- やみくもに話しかけるのではなく、名札を見て出身大学をチェック。その大学PM&Rが強い分野の話題を振る。
- ターゲットを決めたら、その先生が周囲と話している様子をみてノリが良さそうなら話しかけてみる。ノリが悪そうだったり、忙し過ぎる方は避けます。こちらの上手ではない英語をゆっくり聞いてもらえる時間はないからです。
- 話す際は冒頭で「私は英語が下手でシャイです」と自分のネガティブさを披露するだけで終わるのではなく、「でもそんな私でも話しかけてみたかった。なぜならあなたの大学PM&R科が実施している〇〇に興味があって(もしくはあなたが発表した内容に興味があって)・・・・・・」と、ポジティブに繋げる。
私はこれでシャイを克服しました。そうすると未来が見えてきます。専門の医学英語をある程度習得してくると自信もついてきます。そして国際学会でとにかくいろんな人に話しかけ、貴重な情報を取りに行きます。特にアメリカで出会うインド人やアジア人は同じく“Away感”を持っているようで、親切なアドバイスをたくさんもらえました。「お互いに頑張ろうね」という感じで。
私が得た情報から集計を取ると、やはりスポーツ医学の世界最高峰はスタンフォード大学PM&Rスポーツメディスン科だという結論に至りました。日本の医療レベルは非常に高いのです。私はわざわざ大変な思いをして海外に出るなら、日本にはまだないものや日本以上のものを習得しなければ価値がないと思っていました。挑戦したかったのです。
8. 教授秘書とのリレーションシップ
コネクション作りの秘策は「秘書さんと仲良くなること」です。これが留学への最短コースだと思います。いきなり教授へ連絡することは、日本と同じで失礼にあたりますし、そもそも教授のメールアドレスが入手できません。
スタンフォード大学PM&R科のホームページを見つけたときも、秘書に「次のACSM学会(2015の春、San Diego)に行くから教授に会いたい」とメールをしました。教授は秘書のことをとても信頼しているケースが多いので、その秘書に私のありのままを伝えたこと(やたらパッションのある日本人と思わせたこと)がスタンフォード大学に留学できたポイントだったと思います。
学会で実際に教授にお目にかかれた際のオチがあります。私は学会参加前にハーバード大学とスタンフォード大学にメールを出していました。会場でたまたま見かけた「International researchers(海外の研究者さんへ)」と書かれたセミナーにも参加して両大学の関係者に話しかけましたが、見事に門前払いでした。しかしその会場にはアジア人の風貌の方が多くいたのに、なぜ私だけそんなに冷たくされたのでしょう。気になって後でこっそり他の人から聞いたところ、私が話しかけた人は「日本人は英語ができないから・・・・・・」と漏らしていたようです。言語の壁を目の当たりにし、しかも露骨な冷たい態度で、さすがの私も弱気になりました。
「もうだめだ」と諦めかけた時、なんと学会最終日にスタンフォード大学の秘書からメールが届いたのです。そして教授が学会会場を後にする最後の30分間が与えられ、面談に至りました。私の下手な大阪弁イングリッシュと勢いに負けたのか、本当に飛行機の時間が差し迫っていたのかはその後もご本人に聞いていませんが、教授は話を終わらせるために「A4サイズ1枚で良いから履歴書をメールして。」と名刺を差し出し会場を後にされました。こちらとしては「獲ったどぉ!」です。名刺には彼の個人メールアドレスが書いてありました。帰国後、家庭教師をつけて完璧に作成した書類一式を送りつけてやりました。そしてその数ヶ月後、奇跡の採用通知が来たのです。
9. メールでのアプライ方法
- 海外メールはJunk Boxに振り分けられている可能性があるので、返事が遅い場合は確認をする。
- Junk Boxには行ってないようなのに返事が遅く進まないなら、優しく押す催促メールをする。本当は電話やテレビ電話がbetter、真剣な思いを顔でも表現する。
- ただ、その「遅い」という感覚が日本人とは全く異なるので要注意。「すぐメールの返事するね!」と言われているのにそれが1週間後、1ヶ月後の可能性もある。彼らの感覚とは全く異なるケースが多く存在するので要注意。もし催促メールを頻繁に送ると、ハラスメントと思われてしまっても仕方がない時もある。
- 相手の人柄を十分に観察する必要がある。周囲に聞いて見るのが適切。「あの人はメールの返事が早い派か? ゆっくり派か?」、「仕事を忘れっぽいか?」なども。
- 相手からすればどこの誰かも知らないただの外国人なので、まともに取り合ってもらえない可能性が存在するという謙虚さからスタートする。日本では医師でも外国では「ただの人」。
- アメリカで医師免許がない「ただの人」が、百戦錬磨のスタンフォード大学の秘書をどう信用させるか、どう相手の心を動かすか?
- 秘書のみが教授へ繋がる最短コース
- 100%ベストを尽くしてみて秘書の動きが悪そうなら他の道を探し直す。
10. 会いに行くことの重要性
Dr.J.Smithとのツーショット。
私は在籍していた関西医科大学とスタンフォード大学にコネクションがないのを知っていたので「前任の留学経験者に会いに行く」という既定路線は使えませんでしたが、もしあるなら使いたいところです。
異国の地で暮らすには辛い事も当然あります。文化の違いを知らずに大勢の前で恥ずかしい思いをしたりする場面も少なくありません。メールや電話ではそのような「裏事情」まではなかなか聞けないと思います。ですから、学会に参加したり、何かチャンスを作って会いに行くことをお勧めします。そこで友達ができれば、あなたの留学成功に大きな第一歩です。
11. 海外学会や職場での立ち振る舞い
日本人特有の謙遜や遠慮は絶対に要らない
「自分なんて、まだまだ未熟で・・・・・・」と言うと、「じゃあ来なくていいよ」と言われます。これはアメリカ人だけでなくバイリンガルの先生にも確認した文化の違いですが、向こうは意地悪を言ってるつもりは全くありません。「今は適切な時ではない。(君には成長できるポテンシャルがあるのだから)いつでも成長して良い時期に戻っておいで」という、成熟した大人が愛を持って見守るような気持ちだそうです。なにも自分の価値を下げてしまうことはないですよね。自身の意見を合理的かつ論理的に伝えれば、皆、耳を傾けてくれます。
世界標準での笑顔、Humble、Modesty、Humanity、Gentleな振る舞いは必須
学会会場などで「自分もああなれたらいいな」と思えるお手本を探すのがいいと思います。使っている言い回しを聞き、態度を見て真似することが重要です。スタンフォード留学開始から2、3ヶ月のうちに、面白い現象が起きました。私は少し緊張した面持ちでただただ真面目にやっていただけなのに、同僚から「侍」「忍者なの?」と言われました。たぶん日本にいる時のように無言でコツコツとやり過ぎたのだと思います。きっと顔も真面目すぎたのだと思います。「笑顔は余裕を表している」と言われています。確かに、余裕を持って笑顔をキープしながら何かをする時って、その動きが無意識でできるくらいの習得度ですものね。
私はKelly McGonigal派
是非このYouTubeを見てみてください。私もかなり参考にしています。
https://www.youtube.com/watch?v=RcGyVTAoXEU
初めて見たときは「こんな大舞台で、こんなに素敵に笑顔をキープできるものだろうか」と、自分と同じ医学研究者が、国が異なるだけでこんなに違うのかとカルチャーショックをうけました。今も目指してはいますが、ほど遠い状況です。スタンフォードの女性医師達は院内外問わず、プレゼンテーションの際、Kellyほどに笑顔を保ちつつ、Kelly以上に論理的で説得力のある素晴らしいプレゼンをしていて、彼女たちの心臓の強さを目の当たりにしました。
外国人医療者の友達を作る
スポーツ医学特有ですが、医師だけでなくコメディカルも多く学会に参加し、日常診療でも関わります。職種問わず多くの友達をつくり慣れ、多くの友人との交流から多様性(Diversity)や文化を学ぶのだと思います。あなたの「当たり前」や「常識」は、他の国の人にしたら当たり前ではないだけでなく、非常識にあたるかもしれません。
あなたが何日も前から準備し主催していたホームパーティも、開始10分前にドタキャンされることだってあります。連絡がないことさえありえます。大事なのはそんな時、「あの人は失礼な人だ」と自分の価値観で決めつけずに、まずは会話です。「どうしたの?何かあった?」と声をかけ会話を求めます。すると、実は車が故障して動けなかったとか、泥棒に入られたなど、のっぴきならない理由があったりします。
これは「おもしろ話」として友人から聞きました。日本から見学に来た偉い先生が同行していた若手医師のミスを発見した時のことです。ミス発覚時に「ばかやろう!」と怒声が響き渡り、周囲にいたスタンフォード職員たちは驚き一斉にその2人を凝視したそうです。そして、「さっきまで良い人だった人が院内で大きな声を上げて一体何が起こったのか?」と騒ぎになりました。そこにたまたま私の友人、日系3世の職員がいて、「これが日本の弟子の文化だ」と人々に説明して回ったそうです。すると皆が口々に「日本食は大好きだけど弟子にはなりたくない」と言ったそうです。
一番重要なこと
「自己主張は必要だが“自己中”は世界共通で嫌われる」
常時です。何気ない日常でも常時、論理的なディスカッションです。どんな話題でも「ヤエコはどう思う?」と必ず振られます。相手にとっては私が何を考えているかなど想像だにできません。理由は文化も価値観も違う外国人だからです。その時に黙っていると、体調でも悪いのかなど心配されるほどです。
意見を言う時には、単に自分の思っていることを言ってもだめです。自分と自分の周囲にいる仲間たちにとって利益があるような意見が求められます。教授はよく「皆がHappyになる方法を選ぼう」とおっしゃっていました。自分の利益しか考えない自己中心的な人は研究チームの運営を乱すだけでなく、協調して良い作品を作れません。そのような人は世界共通で嫌われます。チームの一員になりたいなら、まずは自分自身のことをよく理解しておく必要があると思います。チームに貢献できるスキルが自分にはあるのか/ないのか。少し勉強する時間をくれるなら何ならできるのか/何ができないのか。
スタンフォードでの私の研究がResearch foundation awardを受賞しましたが、私は自分一人の力で成し遂げたものだとは全く思えません。なぜなら、発足や全体の流れはもちろん私が作りましたが、まるでオーケストラに所属しているような気分でしたから。「私は得意なフルートを担当するね」と言うと、同僚が「じゃあ私はピアノかな」、「じゃあ私はバイオリン」というような具合です。教授はもちろん指揮者です。各々得意なことを楽しく発揮し、気がつけば自分一人では作ることができない音色になっていました。苦しいことは何もありませんでしたし、ただただ自分ができる楽器に専念したまでです。このようなワークスタイルを体験できたのは一生ものだと思います。世界のどこにいても「スタンフォードstyle」を貫き通していきたいと思います。
12. 3つの必須書類
私はCV作成に入ると同時に、ドバイで働くキャリアウーマンのバイリンガル日本人女性を家庭教師に迎えました。実際に海外で30年も活躍している方から英語の履歴書の書き方の特訓を受ける、本当に良い機会でした。さらにこの先生は日本での業務経験もあり、日本人と欧米人の事情の違いもよく理解されていました。
私はスタンフォード大学の教授に「とりあえずA4履歴書1枚だけ送って」と軽く言われた時、「ここがチャンスだ」と捉えました。アプライの方法を相談したところ、教授からの推薦状(レコメンドレター)とCV(履歴書)、自己推薦状(カバーレター)の3つの書類を準備する必要があると言われました。
CV(履歴書)
個人情報、職務経歴、教育、スキルの4つに分けて「端的に」記載します。
推薦状(レコメンドレター)
教授からチェックしてもらい大学院のハンコを押して「厳格な書類を意識して」作成しました。(今は教授も使ってます)
自己推薦状(カバーレター)
私は研究者ですので、教育、職歴、リサーチ(研究)の経験、シンポジウムでの発表、アワード、興味がある事、スタンフォード大学に行く目的、趣味(フリータイムは何をしているか)を書きました。趣味については、ただ自分の趣味を書くだけではなく、自分の研究対象であるテーマ(私の場合はスポーツ医学)と関連付けた回答を書くことがポイントだそうです。
例えば、「私の趣味は料理です」と言うよりも「アスリートの栄養学を応用している」と言ったり、ヨガやスポーツ観戦も「機能解剖学を意識している」と言うと、自分のテーマと関連付くわけです。また、審査員は客観性を評価するそうなので、自分の人格をキーワード6つで書きました。多角的に、主観的に、客観的にちゃんと物事を捉えられる能力があるよ、というアピールです。
(例)「根気強く、物事ができるけど、柔軟性があって想像力がある。ハードワーカー、地に足がついているdown to earth、ユーモアも忘れずに取り組んでいます」
人気の大学にはCVが100通くらい届くので、1枚目の見た目でほとんどは落とされるそうです。「ダラダラ書いている=要約ができない」つまりパッションを込めるからといって、たくさん書くのは間違いです。最小数の単語で自分を表現し、最短距離であなたがその施設に相応しいかを記載することが重要です。季語とか平素よりお世話になります、などは全く必要ありません。
13. 自己PRの上手い話し方
シンプルで論理的な話し方が好まれます。難しい英単語は不要です。事前に身の丈を超えた英語のEmailや提出書類は避けるべきです。Speakingの時に墓穴を掘るだけです。「WritingとSpeakingが全然違うやないかい?!」と嘘をついたような印象さえも与えてしまい、信用されなくなってしまうそうです。ありのままの自分をいかに伝えるか。自分の口から何を発したかではなく、相手に何が伝わったかにフォーカスします。口頭説明した後に、相手がどう理解したか確認するくらいでもOKです。
14. Bossの口説き方(強烈なインパクトを残す会話力)
Be honest.(ありのままの自分)
正直、私のSpeakingレベルは平均くらいだと思います。帰国子女でもなんでもない、ただの大阪人です。いきなり英語の発音がネイティブになることは30歳超えるとほぼ不可能になってきますので、逆にこれまでの人生で自分の中で誇れる部分をただただ見せ(魅せ)続けました。
例えば、超音波を当てる依頼をされたり自分が出番の時は20-30分前に到着し、超音波マシーンに不備がないかチェックします。そして一連の操作を再度予行練習しておきます。見栄えも綺麗にして、患者から医師へ私の評判が伝わる手法を利用します。イチロー選手は自分が試合で使用するバットは自分で整備していると聞きました。やはりこれだと思いました。
コツコツと自分ができる事に専念した結果、教授が求めていたとうりの超音波ができた時があります。「これがJapanese accuracyだ!」(訳:日本人が行う仕事の精密さ)と教授が半ば興奮して声を大におっしゃった時には、とても嬉しかったです。「やったったぞ!」という達成感とともに、周りの同僚たちの私への眼差しが一気に尊敬へと変わるのが分かりました。「良い物は良い」。そう認めるアメリカ文化の良いところを利用したというわけです。America’s got talentという番組を見ていただくと「良い物は良い!」と素直に認める文化の雰囲気がご理解いただけると思います。
15. 最後に
日本は世界で一番豊かな国だと思いました。何が豊かかというと、生活です。蛇口を捻れば透明な水が出てきます。サビが混じった赤色ではありません。スーパーマーケットでは何を買っても混入している化学薬品による命の危険を感じることはありません。普段利用する電車内で、もしかすると隣の席にテロリストがいるかもしれないという不安もありません。人混みに居ても、爆弾を落とされるかもしれないという心配もしていません。24時間営業のコンビニに行く感覚で病院に受診ができ、どこの医療施設でも料金は一律です。受けられる治療内容も世界標準を超えています。医師は皆親切で急な受診も断りません。
こんな豊かで素晴らしい国は世界に類を見ません。他の国の友人達がこぞって私に尋ねてきます。「どうやったら日本に永住できる?」と。中には「ドリームランド」と呼ぶ友人もいます。
海外で暮らしてみて、サバイバルしてみて、日本の良さが身に沁みました。ただこの世界一豊かな国に住む日本人の心が同じほど高いレベルで豊かかどうかは疑問が残ります。実際日本で生きている日本人がこの豊かさを実感しているかは別かも知れません。
私は新しい文化や医療を持ち込むスーパースターでもなければ、「日本を変える!」と豪語する実業家でもありません。むしろ、このようなアイディアは「日本が世界に比べて遅れている/劣っている」という偏った考えが前提にあるのかもしれません。心配しなくても日本の医療は世界トップクラスですし、日本人の気質そのものはどの国に行っても好まれるはずです。
この記事の作成にあたり、未来のノーベル賞学者の目にも止まるかもしれないという神妙な面持ちで取り組ませていただきました。記事を最後まで読んでくださった皆さま、日本人医学研究者の素晴らしさを世界に示してきてください。
<プロフィール>
福島 八枝子(ふくしま・やえこ)
スポーツ医学研究、運動器超音波診療、整形外科専門医
スタンフォード大学PM&Rスポーツメディスン科所属(2016-2018)
ピッツバーグ大学PM&R科所属(2018-2019)
関西医科大学リハビリテーション医学講座 助教
コラム:Dr.EKOのPM&Rの軌跡
福島 八枝子
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