記事・インタビュー
武蔵国分寺公園クリニック
院長
名郷 直樹・五十嵐 博
在宅医療に関わっていると、虚弱高齢者の高血圧の対応を求められる機会がしばしばあります。80歳以上の超高齢者における高血圧については、2008年のThe New England Journal of Medicineに発表されたランダム化比較試験(HYVET研究)で降圧薬の効果が認められています。1)80歳以上の収縮期血圧160㎜Hg以上の高血圧患者3845人を対象に、サイアザイド系利尿薬インダパミド1.5㎎±アンジオテンシン変換酵素阻害薬ぺリンドプリル2〜4㎎ による150/80㎜Hg未満を目標とした降圧薬治療群(1933人)とプラセボ群(1912人)を比較して、脳卒中の発症を比較した研究です。中央値1・8年の追跡で脳卒中は、降圧薬治療群で1000人年当たり51人、プラセボ群で69人と、有意差はないものの降圧薬治療群で30%少ない傾向にありました(ハザード比0.70、95%信頼区間0.49〜1.01)。また、総死亡については降圧薬治療群で1000人年当たり196人、プラセボ群で235人と、降圧薬治療群で21%少なく(ハザード比0.79、95%信頼区間0.65〜0.95)、研究は早期に中止されています。それでは、80歳以上の超高齢者の高血圧は全て治療した方がよいのでしょうか?
虚弱高齢者の高血圧については、最近、興味深い研究が発表されています。2)80歳以上の施設入所者1127人を2年間追跡し、2剤以上の降圧薬内服および収縮期血圧130㎜Hg未満の血圧低値と総死亡の関連を検討したコホート研究です。多変量解析で年齢、男性、BMI低値、Charlson Comorbidity Indexスコア、ADLスコアといった他の死亡と関連する因子で補正を行うと、2剤以上の降圧薬を内服中かつ収縮期血圧130㎜Hg未満の患者はそれ以外の患者と比べて78%死亡が多く(ハザード比1.78、95%信頼区間1.34〜2.37)、これは併存する心血管疾患で補正しても同様の結果でした(ハザード比1.73、95%信頼区間1.29〜2.32)。観察研究である点や、併存疾患の重症度については補正がなされておらず、より重度の併存疾患のある患者が多剤内服をしていたために死亡が多かったという可能性は考慮する必要がありますが、虚弱高齢者に対する降圧薬多剤投与による過度な降圧の安全性に疑問を投げかける結果となっています。
高齢者の虚弱(frailty)と高血圧の死亡リスクとの関連については、もう1つ気になる研究があります。3)65歳以上の施設に入所していない高齢者2340人を対象に、虚弱(frailty)の指標としての歩行速度と高血圧の死亡リスクとの関連を検討したコホート研究です。調査年度、年齢、性別、人種(黒人)、教育レベル、喫煙、コレステロール値、冠動脈疾患、心不全、脳卒中で補正を行うと、歩行速度の速い人(0.8m/秒以上)では収縮期血圧140㎜Hg以上の高血圧は死亡の増加と関連していましたが(ハザード比1.35、95%信頼区間1.03〜1.77)、歩行速度の遅い人(0.8m/秒未満)では関連がなく(ハザード比1.12、95%信頼区間0.87〜1.45)、6mの歩行が困難な人では収縮期血圧140㎜ Hg以上の高血圧は死亡の減少と関連していました(ハザード比0.38、95%信頼区間0.23〜0.62)。
80歳以上の超高齢者の高血圧における降圧薬の効果が示されたHYVET研究では、施設入所者や心不全、腎不全、認知症といった併存疾患のある患者が除外され、通常の高齢者よりも比較的健康な参加者が集まっているため、虚弱高齢者に結果をそのまま適用できるかどうかについては熟慮が必要です。一方、観察研究では、虚弱高齢者では血圧はむしろ高い方がよいという可能性が示唆されています。虚弱高齢者の高血圧における降圧薬の効果は現時点では不明であり、降圧薬多剤投与による過度の降圧には十分に注意する必要があるのではないでしょうか。
【参考文献】
1 Beckett NS, Peters R, Fletcher AE, et al. ; HYVETStudy Group. Treatment of hypertension in patients80 years of age or older. N Engl J Med . 2008 May1;358(18):1887-98. Epub 2008 Mar 31. PubMed PMID:18378519.
2 Benetos A, Labat C, Rossignol P, et al. TreatmentWith Multiple Blood Pressure Medications, AchievedBlood Pressure, and Mortality in Older Nursing HomeResidents: The PARTAGE Study. JAMA Intern Med .2015 Jun;175(6):989-95. PubMed PMID: 25685919.
3 Odden MC, Peralta CA, Haan MN, et al. Rethinkingthe association of high blood pressure with mortalityin elderly adults: the impact of frailty. Arch InternMed . 2012 Aug 13;172(15):1162-8. PubMed PMID:22801930.
※ドクターズマガジン2015年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
名郷 直樹、五十嵐 博
人気記事ランキング
-
【2023年最新版】令和の初期研修医1年目におすすめの参考書10選
- ベストセラー
- 研修医
- 医書マニア
【2023年最新版】令和の初期研修医1年目におすすめの参考書10選
三谷 雄己【踊る救急医】
-
医師国保のメリットとデメリット、国保との違いとは?
- ライフスタイル
- お金
医師国保のメリットとデメリット、国保との違いとは?
-
3Rで整理する 輸液の基本の「き」 ~Redistribution:低K血症の補正~
- 研修医
- 専攻医・専門医
3Rで整理する 輸液の基本の「き」 ~Redistribution:低K血症の補正~
柴﨑 俊一
-
【医療用語変換を快適に!】医療用語変換辞書“DMiME”の導入を1から解説【画像あり】
- 研修医
- 学習ツール
【医療用語変換を快適に!】医療用語変換辞書“DMiME”の導入を1から解説【画像あり】
三谷 雄己【踊る救急医】
-
医師の働き方改革についてよくあるご質問(FAQ)
- ワークスタイル
- 就職・転職
- 専攻医・専門医
医師の働き方改革についてよくあるご質問(FAQ)
福島 通子
-
海外で医師として働くためのステップ
- ワークスタイル
- 海外留学
海外で医師として働くためのステップ
-
しくじりレジデントから学ぶ!研修医のルール・マナー ~文章力(紹介状)編~
- 研修医
- ワークスタイル
しくじりレジデントから学ぶ!研修医のルール・マナー ~文章力(紹介状)編~
三谷 雄己【踊る救急医】
-
食事の再開を遅らせると、下痢が長引く?
- Doctor’s Magazine
食事の再開を遅らせると、下痢が長引く?
名郷直樹、五十嵐博
-
海外の医師免許を取得する方法
- ワークスタイル
- 海外留学
海外の医師免許を取得する方法
-
医学部で教えてくれない労働基準法~働くときに重要な3つのこと~ Vol.1
- 研修医
- ワークスタイル
- 常識の非常識
医学部で教えてくれない労働基準法~働くときに重要な3つのこと~ Vol.1
柴田 綾子