記事・インタビュー
医学部附属病院
総合診療科
家 研也
医療裁判事案がマスコミを通じて知れ渡ると、医療者側が過剰にリスクを回避するようになる。最近では過去の判例にとらわれる医療に対し、〝Evidence Based Medicine〞をもじって〝Judgment Based Medicine(JBM)〞という表現もなされる。救急などの緊急性が高い現場だけでなく、妊娠中の薬剤投与も医療者がリスクを避けたがる領域の一つであろう。
20世紀初頭まで、子宮は外部環境から胎児を守るバリケードの役割を果たしていると信じられていた。1960年代に鎮静剤として使用されていたサリドマイドによる胎児奇形が知られたことでこの神話は覆り、各国で胎児に対する薬剤の害への関心は高まり続けている。
―28歳女性・1経妊0経産、現在妊娠13週。前日からの悪寒、関節痛を伴う39℃の発熱と咳症状で受診し、インフルエンザ迅速検査でA(+)。前回妊娠で自然流産を経験しており、今回の発熱や内服による胎児への影響を心配している
―アセトアミノフェンおよびザナミビルの添付文書にはいずれも「妊娠中の投与に関する安全性は確立していない、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与」と記載されている。日本の多くの薬剤の添付文書はこのように曖昧な文章が記載され、薬を処方しにくくさせている。しかし、実際に人間の胎児で奇形を発生させることが証明された薬は限られており、処方医がある程度の基礎知識と有用な情報源を知ってさえいれば投与可能となる薬剤があることも広く受け入れられている考えである。さらに、母体を治療しない害は意外に見落とされがちである。例えば、妊娠中の高熱が胎児に悪影響を与える懸念1( は意識されにくい。
妊娠週数による薬剤の影響の違いは、ある程度まで理解する必要がある。妊娠14週未満の時期は器官形成期にあたり、薬剤の催奇形性が最も出やすい。ただし、妊娠4週頃までは「All or Noneの法則」と言われ、薬剤の胚への影響は「流産」か「全く影響しない」かの2通りしかない。
先のサリドマイドでの事例でも、胎児奇形は全例が妊娠4週6日以降であった。一方、妊娠28週以降の妊娠後期は薬剤の催奇形性がほとんど見られなくなる代わりに、アスピリン(サリチル酸)を含むNSAIDsによる動脈管収縮や羊水過少、抗精神病薬や抗てんかん薬による新生児離脱症候群など特有の病態が起こりうる。
薬剤の胎児に対するリスク判断には米国食品医薬品局(FDA)による評価が根拠に基づいて明確であり、臨床で参考にしやすい。従来のFDAカテゴリーは、過去の知見に基づいて以下の5ランクに各種薬剤を分類している。
A:ヒトを対象とした試験で危険性が見出されていない
B:ヒトでの危険性の証拠はない
C:危険性を否定することができない
D:危険性を示す確かな証拠がある
X:妊娠中の投与は禁忌
例えば、ザナミビルはFDA分類でBになる。内服アセトアミノフェンは明確な分類はされていないが「妊娠中の使用に伴う胎児奇形リスクの上昇はない」と記載されている。もちろん必要性が十分あることが前提だが、実臨床ではFDA分類A、Bの薬剤までは比較的閾値低く処方される傾向がある。ただし、最近になりFDA分類は「同じカテゴリー内にさまざまな薬が含まれる」「AからXにかけてリスクが上昇するような傾向に誤解されがちである」などの点が懸念され、現在記述を主とした形式に改変されている途上である。
最後に付け加えると「妊娠中だから薬は使えない」という思考停止と同様に「FDA分類Bだから処方は問題ない」というのも、ある意味で思考停止であることを忘れてはいけない。「悪魔の証明」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。個別のケースにおいて因果関係が「存在しない」ことの証明は不可能に近い。それでも「もし、自分が処方をした翌週に流産が判明したら、その患者さんはどう感じるだろうか」という視点は持ち続けておく必要がある。これから、このような基礎知識を踏まえ、個々の妊婦・胎児にとっての治療の有益性と有害性(薬剤の潜在的なリスク)をてんびんにかけて十分な情報共有の上で方針を決めることは、専門分野を問わず常識となっていくかもしれない。
【参考文献】
1) Teratology 58:209-221, 1998
2)U.S. National Library of Medicine: OTIS(http://www.otispregnancy.org/)
3)厚生労働省事業 妊娠と薬情報センター(http://www.ncchd.go.jp/kusuri/index.html)
4)DailyMed(http://dailymed.nlm.nih.gov/dailymed/about.cfm)
5)『産婦人科診療ガイドライン――産科編2014』
※ドクターズマガジン2014年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
家 研也
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