記事・インタビュー
亀田ファミリークリニック館山
院長
岡田 唯男
EXILEというダンス&ボーカルユニットをご存じだろうか? 2009年頃、メンバーが前年度の7人から14人に倍増した。すると、ネット上で「この調子で毎年倍になると2032年にはEXILEのメンバー数は日本人口を抜き、2038年には世界人口を抜いて世界がEXILEと化す」というジョークネタが出回った※1。
「既知のことから未知を推測・予測すること」を専門用語で「外挿(がいそう:extrapolation)」という※2。Xが5〜10の間で、Y=Xの直線関係であることが証明されている場合、X=20の時はY=20だろうと推測される。このように外挿は正しい場合もあるが、前述のネタのように、事実関係が証明されている範囲を超えると、同じ関係が成り立たないことも多い。
次の事例を考えてほしい。自分が患者で高血圧の薬を飲む場合、以下のどの薬を選ぶだろうか(コストは同じ、提示した効果は保証されるものとする)。
薬A:死亡率と臓器合併症の発生を減らす。
薬B:血圧を確実に下げる。死亡率・臓器合併症についてはデータが存在しない。
薬C:血圧を確実に下げるが、死亡率が上昇する。または何らかの有害事象が生じる。
薬D:24時間の薬物血中濃度が一定に維持される。1日1回服用で続けやすいが、血圧を下げる効果があるかは分からない。
常識的な判断であればAを選ぶだろう。だが、現実はどうか。高血圧にドキサゾシン(α拮抗薬)を処方してはいないだろうか? これは薬Cの分類に入る薬だ※3。脂質異常症に処方されるクロフィブラートは薬Bだ(血圧=脂質で読み替えてほしい※4)。そんな古い薬は使っていない、というならば、はやりの糖尿病DPP-4阻害薬はどうだろう。これも薬Bだ。糖尿病治療で薬Aの部類に入るのは日本・アジア人に限定すればメトホルミンのみ、欧米人まで広げてSU剤、一部のグリニド系薬が追加となる※5。
血圧、脂質、血糖等の中間指標(DOE:Disease Oriented Evidence)が改善すれば、長期予後や合併症(POEM:Patient Oriented Evidence that Matters と呼ぶ※6)が改善すると考えるのは「外挿」だ。つまり、本当にDOE改善の先にPOEM改善も担保されるかは直接調べなければ分からない。「新薬は長期のデータがない。
時がたてばいずれPOEMの改善は証明される」という意見もあるだろうが、その結果が「POEMの悪化」でないという保証はどこにもない。にもかかわらずDOE改善のエビデンスのみで発売され、有害事象が判明し(POEM改善の担保ができず)消えていった新薬は多い。ならば、現時点でPOEM改善が直接証明されている治療法が存在しているのに、それらを選ばない理由を患者に明確に説明できるだろうか?別の「外挿」を挙げよう。「病態生理、解剖学的、薬理学的に理にかなっているから、その先の改善も保証される」という解釈である。これも多くの反証が存在する。「解剖学的に誤嚥が少ないと思われるから、乳児をうつぶせ寝もしくは側臥位で寝かせる」という行為によるSIDS(乳幼児突然死症候群)の増加※7。ビタミンEの抗酸化作用が心疾患を減らすだろう、という期待は今のところ空振り※8。「急性腹症の患者に鎮痛薬を投与すると大事な所見がマスクされるので、外科医の診察まで待て」というのも、理屈は通っていても、治療上の不利益(必要な処置や手術の遅れなど)は有意に増加しない、という結果※9。
つまり、治療法についてDOEや病態生理や作用機序などについてのエビデンスや理由が存在しても、それだけでそれらを選択する理由にならない。POEM(死亡率、合併症発生率、解熱までの日数や入院期間、症状スコア)などの改善が直接証明されているものがあれば、外挿の限界を避けられるため、そちらを選択する。
POEM改善を直接証明する治療、診断が存在しない場合のみ、DOEの存在の中から合理的なものを選ぶ。
EBM全盛の時代、「エビデンスが存在する」ことはもはや前提条件だ。だからこそ、「エビデンスがある」だけではダメで「どのようなエビデンスが存在するか」にまで、こだわらなければならないのだ。
【参考文献】
1) http://d.hatena.ne.jp/orangestar/20090323/1237743581
2) http://ja.wikipedia.org/wiki/外挿
3) JAMA,2000;283:1967–75.
4) J Am Board Fam Pract 1991;4:437-45.
5)http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/noto/201401/534693.html
6)J Fam Pract.1994;39(5):489.
7)BMJ 1996;313:180-1.
8)U.S. Preventive Services Task Force 2014
9)JAMA,2006;296:1764-74.
※ドクターズマガジン2014年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
岡田 唯男
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