記事・インタビュー
名張市立病院
総合診療科
高村 昭輝
昨今、医療に関わる問題はたくさんあります。
それでも、日本はまだ恵まれていると言えるかもしれません。医師不足が叫ばれて久しい我が国ですが、幸いにして(?)国土が狭いため、田舎であっても車で30分も移動すれば専門医に診てもらえるでしょう。
しかし、世界的に見ると、これは決して常識ではないのです。筆者が数年間暮らしたことがあるオーストラリアでは、その広大な国土ゆえに、田舎に行ってしまうと半径数百キロ圏内に医者はいない……、なんてことがよくあります。
ましてや各科専門医に診てもらおうと思えば大都市、場合によっては州都まで行かなければなりません。そして、大都市までは車で数時間かかるのです(1)。そのため、心筋梗塞や外傷など命に関わる急病の場合は、公的な「空飛ぶドクター」が飛んできてくれるシステムが存在します(2)。田舎と都市部ではその平均寿命までもが違う、というデータが出ているくらいです。
そして、大都市まで行っても各科の専門医にはなかなか診てもらえません。もともとイギリス連邦のひとつであるオーストラリアでは、患者の年齢や症状にかかわらず、まずは総合診療医と呼ばれる医者が診療をします。そして、必要に応じて総合診療医が各科の専門医を紹介するシステムです。今の日本のシステムとは大きく異なるので、日本人にはなかなかなじめないかもしれません。
私は小児科医ですが、日本の場合、子どもに鼻水、咳などの症状があると、お母さんたちはすぐに小児科を受診します。これも世界的には珍しいことで、オーストラリアでは小児科医の診察は予約制で、かつ数週間先でないと受けることができません。日本の医者はよく「3分診療」と揶揄されますが、つまりは短時間で非常に多くの患者さんを診察しています。一方のオーストラリアでは、原則15分に1人くらいのスピードで診察します。ですから、急に体調を崩して、専門医の前に診てくれるはずの総合診療医を受診しようと思っても、予約の患者さんで埋まっているため、なかなか順番が回ってきません。救急外来に至っては大病院にしか存在せず、受診しても「数時間待ち」なのが珍しくありません。
友人はお子さんの嘔吐下痢の症状が止まらなかったとき、救急外来を受診しました。しかし、スナック菓子と炭酸飲料を渡され、7時間待った揚げ句に「もう大丈夫」と看護師に言われ、帰宅を指示されました(笑)。日本人にしてみれば、子どもに何かあればすぐに小児科医に診てもらえる、夜間や休日であれば救急外来を受診できる、というのが常識ですが、この常識は先進国であっても通用しません。さらに言えば、日本の小児科では当たり前のインフルエンザ、溶連菌、ロタウイルス、ノロウイルス、ヒトメタニューモウイルス、RSウイルス、マイコプラズマなどの迅速検査も、ほとんどやってくれません。ですから、タミフルなどが安易に処方されることもありません。いや、タミフルが一般的な診療所では使われていないのです。
日本のお母さんは「なんて不便!」と思われるかもしれません。しかし、オーストラリアのお母さんたちはそれが普通ですから、「我が子が何の病気になっているのか」よりも、「原因は何であれ、大丈夫な状況なのか」を気にしているともいえるでしょう。日本では親が保育園や幼稚園から「〇〇ウイルス感染症かどうかを調べてきてもらってください」と言われ、元気で機嫌が良い子どもに無理やり検査をしなくてはならないことも少なくありません。「コンビニ受診」などと言われるほど、世界で稀な医療機関・専門医へのアクセスがよいことがその背景にあるわけです。これは各医師・医療機関の努力によって支えられています。オーストラリアではこの程度の症状で受診しても、結果的に長時間待たされたり、帰されたりすることがわかっているので受診すらしません。医療レベルの高低という問題ではないのです。
小児科医という立場から言うと、日本では小児医療に関して、医者も家族も敏感になり過ぎている面があるのかもしれません。すぐに受診できて親は安心するでしょうが、知らぬうちにたくさんの検査をされてしまう子どもたちにとっては迷惑かもしれません。こうしたことを考えながら受診できるように、患者教育、啓発活動をしていけるとよいですね。
【参考文献】
(1)A decade of Australian Rural Clinical School graduates–where are they and why? Eley DS1, Synnott R, Baker PG, Chater AB.Rural Remote Health . 2012;12:1937. Epub 2012 Mar 6.(2)Royal Flying Doctor Service in Australia. http://www.flyingdoctor.org.au/
※ドクターズマガジン2014年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
高村 昭輝
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