記事・インタビュー
三重大学大学院
教授
竹村 洋典
他国で臨床研修する利点の一つ。日本で当たり前に使っていたものが、違う国ではそうでなかったことがわかること。
そのトップ3に入るのが、「シップ」。腰痛や足首が捻挫した時にも、日本では頻繁に使われるあの冷シップ。それがアメリカにはない!アメリカでレジデントを始めた途端、使えない…。
焦って聞いてみるも、看護師も指導医もシップといわれるものはアメリカにはないという。当時の和英辞典で調べたらpoultice がそれにあたる英語のようだが、そのpoultice はアメリカ人に理解してもらえなかった…。途端、膝や腰が痛い患者に「シップ貼って様子見といて」なんてアメリカで言えなくなってしまった。焦って、大学病院の薬局に行き、いろいろと薬剤師に説明したらば、とうとうそれらしきものを見つけた。が、これは日本でいう薄いテープに鎮痛薬を塗ったテープ剤であり、あの白くて厚くてヒンヤリするパップ剤ではない。パップ剤は、冷却効果もあり急性期の筋骨格系の疼痛には効くと信じているのに…。どうやら、鎮痛薬を内服して患部を冷やすのがこの国のやり方らしい。
たしかに、NSAID入りのパップ剤に期待するのは、鎮痛剤が経皮的に体内に移行して鎮痛効果を起こすこととあのひんやりとしたものの冷却効果と思われる。であれば、NSAIDを経口薬として、同時に患部を冷却材で冷やせば同じとも言える。よく、筋骨格系の捻挫などの疼痛の対処方法としてアメリカでいわれる「RICE」、すなわちRest(安静)、Icing(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(拳上)が指摘されており、冷却効果が軽視されているわけではない。日本では冷シップに頼っている冷却効果は、アメリカでは冷却材の使用など、他の方法が一般的のようであった。
そんな驚き、焦りもアメリカの日々の診療で薄れ、シップなしの治療に慣れてしまった。そして帰国とともに、またかつて使っていたように冷シップを「ありがたく」使っている竹村ではあったが、今回、冷シップにかかわるエビデンスをいろいろと調べてみた。するとビックリ!調べた限りでは冷シップのエビデンスがない…。かろうじて温シップは、筋骨格系障害の患者には弱いながら効果があるかもしれない、と言える程度(1)。貼付して経皮的にNSAIDの効果を期待するタイプですら、変形性関節炎や急性の筋肉の外傷には効くみたいだが、腰痛には効果がないとある(2)。本当にシップの効果がないのか、シップが存在しない国が多くて研究ができないのか、わからないが、アメリカで冷シップが使われないのは、あながち理由がないわけでもなさそうである。
一方、アメリカ人は、痛みに無頓着でシップになんかこだわらないとは、言えない。いや、それどころか、アメリカ人は、疼痛に対する閾値が低いように思える。そう、日本人に比べると、アメリカ人は痛みを我慢ができない。鎮痛薬を多く使って腎障害を起こすほど内服する人も稀ではない。さらに、筋骨格系の激しい痛みに麻薬性の鎮痛薬を使うこともある。ほとんどの場合、日本では緩和ケアの際に使用される麻薬性鎮痛薬が、アメリカでは非がんの患者にもしばしば使われるのである。緩和ケアにおける日本人の麻薬使用が他国に比べてかなり少ないというのは非常にうなずける。麻薬の使用において日本が少なすぎるのか、日本以外が多すぎるのかはよくわからない…。 日本では「先生、シップ出しておいてくれない?」と大量のシップの処方を要求する患者さんが少なからずいる。それに対して、効果の根拠がないかもしれない、と一生懸命に患者に説明して処方するシップの量をある程度、制限するのも一つの方法である。一方で、シップで患者が満足してくれるのであれば、含有するNSAIDの量に注意して、ある程度、シップの処方を容認するのももう一つの方法かもしれない。
【参考文献】
(1)Systematic review of topical capsaicin for the treatment of chronic pain.Mason L, Moore RA, Derry S, Edwards JE, McQuay HJ.BMJ. 2004 Apr 24;328(7446):991.
(2)Topical NSAID therapy for musculoskeletal pain.Haroutiunian S, Drennan DA, Lipman AG.Pain Med. 2010 Apr;11(4):535-49. doi: 10.1111/j.1526-4637.2010.
※ドクターズマガジン2014年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
竹村 洋典
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