記事・インタビュー
東海大学医学部内科講師
総合内科専門医 感染症専門医
米国内科学会上級会員
柳 秀高
60代女性。多系統萎縮症で神経因性膀胱と嚥下障害がある方が、腎盂腎炎のために入院となり、軽快しましたが、偶然発見された鉄欠乏性貧血のワークアップのため上部消化管内視鏡を受けました。手技の最中に胃内容物を嘔吐、誤嚥しました。可及的に気管内に吸引チューブを挿入、吸引しましたが、酸素飽和度は80%まで低下し、酸素マスク5L/minで95%になりました。右下肺野でCoarseCracklesを聴取し、胸部レントゲンを撮影すると、右下肺野に新たな浸潤影を認めました。熱は38・5 ℃まで上昇し、寒気を訴えた時点で血液培養を2セット採取し、痰を採取しましたが、痰は白色でグラム染色では他種類の菌と上皮細胞が多数認められました。入院中の誤嚥性肺炎ということで、耐性のグラム陰性と嫌気性菌を起因菌として想定し、ピペラシリン/タゾバクタムを開始しました。その後発熱、呼吸不全は速やかに改善し、痰培養はカンジダのみ陽性で、血液培養は陰性でした。抗菌薬は7日間で終了としました。
さて、病棟ではよくあるシナリオですが、この診療の妥当性についてはどうでしょうか?抗菌薬はムダだったでしょうか?誤嚥直後に細菌感染の要素は有るのでしょうか?まず、誤嚥による肺炎には①誤嚥性化学性肺臓炎、②一次性細菌性誤嚥性肺炎、③ 二次性細菌性誤嚥性肺炎の3つに分類することも提唱されています(文献1)。このうち、胃内容の誤嚥による化学性肺臓炎はpHの低い(<2.5) 胃内容物が下気道へ誤嚥されることによって起きます。無症候性に起きることもありますが、発熱や高度の呼吸不全を伴うこともあります。この時点では通常は化学性の炎症であり、細菌感染ではありません。この後に起きることはケースによって様々で、60%程度では呼吸状態は2 -4日以内に急速に改善します。しかし、15%程度の症例では24 -36時間以内に急速に呼吸不全が進行し、急性呼吸促迫症候群にいたることも有ります。残りの25%では、当初、患者の状態は改善するものの、二次性細菌性肺炎を合併して再増悪します。
合併症の無い誤嚥の治療は、気道分泌物の吸引、排出、酸素、必要なら陽圧換気、などのsupportiveなもので十分であり、抗菌薬の意義は不明です。問題は呼吸不全などの合併症を伴う誤嚥の化学性肺臓炎の時期に、抗菌薬の予防的投与で予後を改善出来るかどうかということで、議論の分かれるところです。基本的には予後が改善するというデータは無いようですが、呼吸不全や胸部浸潤影がある場合には、細菌性肺炎の否定は難しいので、抗菌薬がしばしば投与されます。米国の集中治療室で起きた誤嚥の後に抗菌薬がどの程度投与されたか調べた研究では、誤嚥が明らかに確認された場合には78%のケースで抗菌薬が投与されました(文献2)。我々も一次性細菌性誤嚥性肺炎の否定が出来ない場合には血液培養、痰培養を提出してから、抗菌薬を開始して、反応を見つつ、培養結果を待つことが多いです。一方、二次性の細菌性誤嚥性肺炎は、通常の肺炎球菌などによる市中肺炎よりも弱毒菌が多く、比較的大量の誤嚥により肺炎を起こし、緩徐なペースで病状は進行します。
もし、誤嚥性肺炎を治療するとすれば、良く用いられる薬剤は嫌気性菌に有効性の高いベータラクタム+ベータラクタマーゼ阻害薬、セフトリアキソン+クリンダマイシン/メトロニダゾール、クリンダマイシン単剤などです。メトロニダゾールは単剤で用いると失敗率が上がりますので、併用が基本です。市中感染例か医療施設関連例かによってグラム陰性桿菌の関与は変わってきます。グラム染色にてグラム陰性桿菌が多数認められ長期入院中の患者であれば、耐性のグラム陰性桿菌の関与も考えて、エンピリック治療としてはβラクタムに加えて、アミノグリコシドの併用なども考慮します。治療期間は肺膿瘍や膿胸などの合併症が無ければ7 -14日程度で、合併症があれば、それに従った治療期間が必要になります。
文頭のケースは呼吸不全がかなりあったのと、呼吸機能のリザーブが少ないケースだったので、誤嚥直後から抗菌薬を用いましたが、合併症が軽度な症例では抗菌薬を使わないようにすることが重要かもしれません。
【参考文献】
1. Daoud E, Guzman J. Are antibiotics indicated for the treatment of aspiration pneumonia? Cleveland Clin J Med 2010;77(9):573-6.
2. Rebuck JA, Rasmussen JR, Olsen KM. Clinical aspiration-related practice patterns in the intensive care unit: A physician survey. Crit Care Med 2001;29(12):2239-44.
※ドクターズマガジン2013年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
柳 秀高
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