記事・インタビュー
東海大学医学部内科講師
総合内科専門医 感染症専門医
米国内科学会上級会員
柳 秀高
今回は非常識の話ではありません。
抗菌薬は使用されれば段々と(あるいは急速に)効かなくなってきます。例えばペニシリンは1940年代に臨床使用されて間もなくペニシリナーゼ産生による黄色ブドウ球菌での耐性が報告されました。これに対応して1950年代にペニシリナーゼに安定なペニシリンとしてメチシリンやナフシリンなどが開発されましたが、ペニシリン結合タンパクの変異によるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)もほぼ同時代に報告されました。
まさにいたちごっこのような話です。上述のMRSAにはバンコマイシンなどのグリコペプチドが第一選択ですが、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)はこれだけ大量のバンコマイシンが処方されている中ではごく少数しか報告されていない上に、報告例の中にはバンコマイシンが投与されていなかった患者も含まれています(文献1)。また、市中感染型MRSAとしてUSA300という単一のクローンが米国を中心に広がったのは記憶に新しいところです(文献2)。つまり抗菌薬の処方量と耐性は必ずしもリニアな関係でなく、耐性(菌)がクローナルに伝播することが、抗菌薬による選択圧と無関係にも起こります。多くの耐性菌のアウトブレイクの沈静化には抗菌薬の適正使用よりも感染の伝播を予防するほうが少なくとも短期的には有効とする報告が多いようです(文献3)。抗菌薬の適正使用について言えば、十分に感染臓器や起因菌を詰めずに広域抗菌薬を乱用したり、培養を抗菌薬投与後にしか取らなかったり、などの「不適切な」診療態度は改めるべきです。また院内におけるhand hygieneの徹底も不十分なことが多いので改善点には事欠きません。
ヨーロッパの一部の国のように耐性菌をこれらの方法で押さえ込むことに成功している例もあるようですが、適切な抗菌薬投与に対しても耐性菌は生まれますし、長い目で見るとこれらの戦略だけで耐性菌と戦うのは難しいかもしれない、との指摘もあります(表1、文献4)。表1をご参照頂くと興味深い項目が並んでいます。家畜の成長促進用の抗菌薬の使用量は1300万㎏で人間に用いられる量は300万㎏と、4分の1という報告もあり、人間用の抗菌薬のみを扱うのは片手落ちであることは言うまでもありません。この表には人工関節の代わりに再生医学的に作成した臓器の使用なども含まれており、その他の項目もものによってはまだ随分未来の話のようにも感じられますが、世界経済フォーラムで人類に対する最大の脅威は抗菌薬耐性バクテリアである、との言及もあり、長期的視野にたった包括的対策が必要なのでしょう。もちろん現時点では、上記のように臨床医である我々に出来る抗菌薬適正使用と院内感染対策の徹底が決して軽んぜられるべきではありません。

参考文献
1)Yok-AL Que, Philippe Moreillon. Staphylococcus aureus. Chapter 195. Mandell: Mandell, Douglas, and Benett’s Principles and Practice of Infectious Diseases 7th edition. Accessed through MD Consult at http://www.mdconsult.com/books/page.do?eid=4-u1.0-B978-0-443-06839-3..00195-8&isbn=978-0-443-06839-3&uniqId=402548460-4#4-u1.0-B978-0-443-06839-3..00195-8
2)Moran GJ, Krishnadasan A, Gorwitz RJ, et al: Methicillin-resistant S. aureus infections among patients in the emergency department. N Engl J Med 2006; 355:666-674.
3)Jane D. Siegel, MD; Emily Rhinehart, RN MPH CIC; Marguerite Jackson, PhD, et al. Management of Multidrug-Resistant Organisms In Healthcare Settings, 2006, accessed at http://www.cdc.gov/hicpac/mdro/mdro_0.html.
4)Brad Spellberg, John G Bartlett, David N Gilbert. The future of Antibiotics and Resistantce. N Engl J Med 2013;368:299-302.
※ドクターズマガジン2013年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
柳 秀高
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