記事・インタビュー
聖路加国際病院
腫瘍内科
山内 照夫
がんという診断名は非常に恐ろしい響きをもって患者さんに届いています。私の診察室を訪れる患者さんは、皆さんが何々がんというがん診断名を告げられて私のところにやってきます。患者本人、また、その家族は大変悲痛な面持ちで私の診察室にやってきます。病気で命を奪われる前に診断名ですでに心を奪われているのです。
果たして本当にがんで人は亡くなるのでしょうか。興味深い報告があります。がんと診断された患者の約半分は実はがん以外の理由で亡くなっています。米国でのデータですが、1807名のがん患者の死亡原因の追跡調査を行った結果が今年4月の米国癌研究会議(American Association for Cancer Research)で報告されました。調査対象者のうち、追跡期間中に死亡した患者は、776名でした。
その死亡原因を①がん関連死、②非がん関連死、③その中間と三つに分類すると、42%ががん関連死であったのですが、49%の患者ががん以外の理由で死亡していたのです。調査対象者のがん診断名は、いわゆる5大がんのうちの前立腺がん、乳がん、大腸がんが多くを占めていました。がん以外の死亡原因として、心臓血管疾患や呼吸器疾患が挙げられています。なかでも対象者の中における冠動脈疾患リスク因子をみた結果を示すと、糖尿病患者の割合が、男性で17・7%、女性で26・5%あり、その他のリスクでは、既存の心血管疾患が男性63・2%、女性66・9%、高血圧症が男性58・7%、女性62・9%、高コレステロール血症が男性61・3%、女性70・5%にみられています。
がんの好発年齢では、3大死因のひとつである心臓血管疾患発症の危険性、また、有病率が高いのがわかります。がんと診断されてから長く経てば経つほど、がん以外の理由で亡くなっています。がんと診断されて5年のうちに亡くなった人の33%、5年から10年の間で39%、10年から20年で53%、20年以上経つと63%の人が実にがん以外の理由で死亡しているのです。
がんと診断された多くの人は、自分はがんで死んでしまうと考えています。診断されたときの病気の進行度によっては、全くその通りですが、がんの診断技術・治療法の発達によって状況は変わりつつあります。がんと診断されても、以前と比べて生存期間が長くなってきています。
米国国立がん研究所(National Cancer Institute)の報告によると成人におけるがん患者の5年生存率は67%で、小児では、10年生存率が75%になります。また、米国では 1200万人いるといわれるキャンサーサバイバーのうち約15%が診断後20年以上経過した方々です。今や、がんは不治の病というよりも慢性疾患になりつつあります。がん患者だから病気は治らないからと何でも好きなものを食べていいとか、運動もしなくていいというわけではなくなっているのです。
患者自身もがんの専門医に診てもらうだけで心も体も疲弊してしまうので、それ以外のことには気が回らないのかもしれません。また、がん治療医も命に関わる最も大事な病気を治療しているからと他の健康状態を見過ごしているかもしれません。しかし、がんと診断されて初期治療を終えて克服したからこそ、その状態を長く保つためにも全身の健康管理は必要なのです。
また、放射線治療や化学療法は治療終了後も長期的な経過観察が必要です。治療終了後、数年経過して心臓や肺、骨などに障害を来すこともあります。さらに二次発がんの危険性もあります。がん患者の治療中、治療終了後の総合的な健康管理(キャンサーサバイバーシップ)というものが必要になってきています。
精神的サポートも含めて、がん治療に関わる医師に総合的な健康管理能力が問われているのです。それは、プライマリケアの前線である一般開業医の医師にも求められる資質になってきています。診断名で奪われた心を、また、心臓そのものもしっかりと守らなければならないのです。
監修:岸本 暢将[聖路加国際病院アレルギー膠原病科(SLE、関節リウマチ、小児リウマチ)]
※ドクターズマガジン2012年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
山内 照夫
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