記事・インタビュー
聖路加国際病院
アレルギー膠原病科(SLE、関節リウマチ、小児リウマチ)
山口 賢一
最近では、ニュース解説にはじまり患者さんへの病気の説明に至るまで「わかりやすさ」の大切さが強調される様になりました。しかし、あまりにも「わかりやすく」なることが、かえって正しい理解をさまたげてしまうこともあるようです。食物アレルギーの診断でしばしば利用される血液検査のRAST(radioallergosorbenttest)は、その様なことを考えさせられる検査です。
アレルギー疾患に関する「生活管理指導表」が整備され、医療機関と学校や保育園の間でアレルギー疾患をもつこどもの情報を共有する機会が増えました。入学(園)を控えた保護者の方が、「アレルギーの血液検査をしてください」と書類を持参されることがあります。そこで前述のRASTを測定する訳ですが、結果は卵白、卵黄、ミルク、小麦などの項目ごとに0から6の7段階のスコアに分けられて、きれいにカラー印刷されて戻ってきます。「血液検査だけでは制限食の必要性を判断出来ないのですよ」と話をしても時すでに遅く、いかにも「わかりやすい」結果の一覧表を見ながら、保護者の方に「うちの子は卵と小麦を食べられないのですね」と納得されてしまい説明に苦慮したご経験はありませんか。
IgEの基準値は年齢により大きく変動します。たとえ将来食物アレルギーを発症するお子さんでも、生まれたばかりの赤ちゃんの頃にはIgE値はほぼ0で、成長にしたがって徐々に高値になってゆきます。一方で赤ちゃんの時に食物アレルギーと診断されても、小学生までに80〜90%のお子さんは徐々に制限食を解除することが可能です。卵白のRASTスコアが同じ2の場合、赤ちゃんであれば食物アレルギーをつよく疑いますが、小学生以上であれば不要な制限食を続けてしまわないように配慮することが必要です。RASTスコアは何歳の患者さんで測定したものかを意識しながら結果を判断することが、ひとつめのポイントです。
意外なことに、RASTの「小麦」の測定で小麦のすべてのアレルゲンを評価できる訳ではありません。「小麦」は小麦に含まれる塩可溶性蛋白への感作を評価するための項目で、塩不溶性蛋白の評価のためには「グルテン」を用います。さらに小麦の即時型アレルギーと相関が高いのは、塩不溶性蛋白のひとつである「ω(おめが) -5グリアジン」の結果であることが報告さ
れています。小麦を一例で挙げましたが、それ以外の項目でもRASTでは必ずしもすべてのアレルゲンコンポーネント(注1)が「もれなく」測定されている訳ではありません。結果が陰性であっても、臨床症状と合わせてアレルギーの診断を下す必要がある理由のひとつがここにあります。これがふたつめのポイントです。
単純で「わかりやすく」思えるRAST検査の結果ですが、意外にも奥が深いことがわかります。日常の診療で患者さんのお役にたてるように、上手に使いこなして行きたいものですね。
※注1 IgE抗体が結合しうる蛋白質のこと。将来的には、「ミルク」「小麦」といった食品名による検査だけでは無く、「ω -5グリアジン」に代表されるアレルゲンコンポーネントへの感作を調べたうえでアレルギー診療を行うことが一般的になると思われます。
※ドクターズマガジン2012年11月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
山口 賢一
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