記事・インタビュー
聖路加国際病院
心療内科
山田 宇以
皆さんは肥満患者の診療にうんざりした経験はないでしょうか?内科研修中、非常に熱心な私の指導医は減量しない患者さんを叱責し、一方患者さんは反論、現実逃避を繰り返す光景をよく目にしました。熱心に患者さんにかかわる医師ほど、肥満患者さんの治療意欲のなさに、いらだったり、医師側の治療意欲がなくなったりしがちです。
精神分析の用語では、こういった医師から患者さんへの感情を「逆転移」といい、時として強い陰性感情により必要以上に厳しい対応・指示をしてしまったり、医師側の治療意欲がなくなり問題を放置したりする原因となります。肥満患者における逃避的態度、自発性欠如などのパーソナリティーの問題はいくつか報告されており、治療意欲のなさに困るのは医師の普遍的な感情なのかもしれません。
肥満への心理的アプローチとしては認知行動療法がありますが、その内容はセルフモニタリングやストレスマネジメントと自己管理能力の改善などが狙いです。やはり肥満は患者さんの自己管理や意志の問題として、その修正が課題になっています。
しかし実は肥満には個人の問題では収まらない意外な特性があるようです。2007年のNew England Journal of Medicineにユニークな報告があります。循環器領域で有名なFramingham studyで肥満とsocial networkについて解析をしているのです。
その結果は同性の友人が肥満になると、2-4年以内に自分も肥満になるリスクが57%上昇し、特に親しい友人ならリスクは171%にまで上昇するというのです。しかも友人の友人のその友人にまで影響する可能性が示唆されています。意外にも配偶者が肥満の場合は37%とより影響が少なく、異性の友達の場合は有意な増加がありません。
この研究にはアクセスしやすい場所にファストフード店が開業した等など交絡因子はたくさんありますが、それらを排除しても、肥満と人のつながりには強い影響があると言えそうです。ちなみに喫煙、幸福感といった行動、気分についても同様の検討がされています。配偶者が禁煙すると67%喫煙の機会が減り、友達、同僚では3割程度喫煙が減ります。幸福感ではすぐ隣に住む人が幸せだと34%、友達だと25%、兄弟では14%幸せを感じやすくなりますが、配偶者の場合は8%とあまり寄与せず、婚姻関係の複雑さを反映しているのかもしれません。
喫煙や気分が周囲の影響を受けるのはなんとなくわかりやすいのですが、なぜ肥満は食事を一緒にしない人にまで拡散していくのでしょうか?一つの仮説としてミラーニューロンと呼ばれる他人の表情や感情をまねる脳細胞が影響しているとされています。
我々はミラーニューロンで他人の感情を類推できるので、共感することができると言うのです。自閉症と呼ばれる患者さんではこの手のニューロンが障害されていて、共感が難しくなるとされています。
この理論で行くと、我々は同年代、同性の友人の行動や肥満という体格まで知らずのうちまねてしまうというのです。ちなみに前述の「逆転移」も、まさにミラーニューロンが関連していると考えられており、肥満をめぐってお互いの感情が強く影響しあうのは興味深いところです。
以上のように肥満には個人の問題を越えた対人関係の要素もあり、医師患者関係も影響します。減量が進まないことを患者自身の責任と責め立てたり、患者さんの言い訳をうんざりしながら聞いたりするパターンが続くなら、医師側からアプローチを変えてみるのはいかがでしょうか?アルコール依存症に使われる動機づけ面接など医師がかかわりを変えて、患者の行動変容を促す心理療法も徐々にエビデンスを集積しつつあります。
患者、医師がお互いに治療意欲をなくしていくのを無意識にまねて悪循環を形成するより、変化することへの不安、現状を維持する要因をミラーニューロンで共感的に探る方が建設的かもしれません。また医師が適度な治療意欲をもてば、肥満患者さんも影響されて適度な治療意欲を維持してくれるかもしれません。
監修:岸本 暢将[聖路加国際病院アレルギー膠原病科(SLE、関節リウマチ、小児リウマチ]
※ドクターズマガジン2012年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
山田 宇以
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