記事・インタビュー
武蔵野赤十字病院
感染症科
本郷 偉元
私が専門とする感染症領域で、”常識の非常識”と思っていることをいくつか書いてみる。
まずは血液培養の適応である。”血培を採るのは菌血症を疑うとき”としばしば言われる。本当にそうだろうか?例えば35歳の喫煙以外に虚血性心疾患のリスクファクターのない人が、締めつけられると言えなくもない胸痛を主訴に外来を受診されたら、読者は心電図を取られるであろうか?それとも取らないであろうか?
治療可能かつ見逃すと予後に大きく影響する急性疾患を診断するための検査は、かなり面倒なものでないかぎり、閾値を低めに持ってオーダーされることと思う。つまり検査前確率が低くあまり疑っていない場合でも、オーダーする。また、検査前確率を適切に見積もることのできない場合(研修医や非専門家はその例であろう)もそうであろう。
血液培養も同様で、菌血症や敗血症は早期に診断、治療することが極めて重要で、適切な治療を素早く開始したら奏功することも多い。また血液培養は結果が陽性か陰性のみであり、陰性であった時の情報量も多い(ただし、血培採取前の抗菌薬暴露がない場合)。つまり、除外も大事なのである。そう、血培採取の適応には”菌血症を否定したいとき”も含まれるのである。
”Fever work-up3点セット”として、尿一般・沈渣・培養、胸部レントゲン、血培2セットが挙げられることがある。発熱患者を目の前にしたら、この3点セットは検査しましょう、というものである。が、考えていただきたい。この3点セットの意味するところは、”私はこの患者さんに尿路感染症があるのか肺炎があるのか分からないので、尿の検査も胸部レントゲンもオーダーします”と自己表明していることではないだろうか。恩師の遠藤和郎先生のスライドからヒントを得たものであるが、”真のFever work-up3点セット”は、①感染を疑う臓器や部位からの検体のグラム染色②その培養③血培2セットではないかと思っている。特にこれは市中感染症の患者さんであてはまるであろう。
生来健康な人の市中感染症であれば、多くの場合、病歴と身体所見から感染臓器/部位は推定できる。そこから良質な検体を採取し、自らグラム染色を行い、培養に供し、血培を採るのである。生来健康な人が複数臓器に同時に細菌感染症を起こすことは極めてまれである。これは忙しい一・二次救急外来で働いたことがあり、多くの患者の診療経験がある医師であれば実感しておられることと思う。医師としてはまずはそういう経験を充分に積んだ後に、免疫不全者や医療関連の感染症を診るべきであろう。医師の成長段階にもフェーズやステップというものがあるのではないだろうか?
逆に、医療関連感染症を診る際には、”Fever work-up3点セット”では不充分であろう。私は、”5大医療関連感染症”と名付け、①尿路感染症(特にカテーテル関連)②医療関連肺炎③カテーテル関連菌血症④クロストリジウムデフィシル感染症⑤手術部位感染症を挙げている。入院患者などの熱源検索では、感染症からはこの5つは鑑別に挙げ、これらの一つひとつを否定することも大事だと研修医達に教えている。
化膿性リンパ節炎、という言葉がある。これも常識的な言葉であるが、成人患者ではほとんどの場合非常識である。リンパ節の腫脹は、その流域に炎症があり、それに対して反応性に起こることがほとんどである。そして、リンパ節自体に細菌が感染すること(=化膿性リンパ節炎)は成人ではまれである。というのもそもそもリンパ節は免疫システムの担い手であり、小学校入学以前のリンパ節自体が未熟な時期を過ぎると、ここに細菌が感染することはかなりまれなのである。つまり成人ではリンパ節腫脹があってもほとんどの場合非細菌性であり、したがって抗菌薬は不要である。
頚部リンパ節腫脹の患者に、”頚部化膿性リンパ節炎”として抗菌薬が投与されているのをしばしば見かけるが、ほとんどは非常識である。なお流域に重症な細菌感染症があり反応性にリンパ節が腫脹していることもあるが、その場合にはドレナージや抗菌薬が必要なことも多い。が、こういう場合もしっかり病歴を聴取し、そのリンパ節以外の場所も含め丁寧に診察することで原発感染巣が分かることがほとんどである。
頚部リンパ節腫脹には一般的には抗菌薬不要という常識ももっと広まることを願っている。
監修:岸本 暢将[聖路加国際病院アレルギー膠原病科(成人、小児)]
※ドクターズマガジン2012年4月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
本郷 偉元
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