記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
高野 秀行(著)/本の雑誌社発行
丹羽 典生(著)/教育評論社発行
角幡 唯介(著)/新潮社発行
ノンフィクション作家・高野秀行のポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」ことらしい。まずは、そんな高野さん面目躍如の『酒を主食とする人々』を。エチオピアに酒を主食とする民族があるという。いきなり、ホンマですかと聞き返したくなるテーマだ。そこをTVバラエティ番組「クレイジージャーニー」の取材で訪れた際の記録である。こういう話はトラブルがあればあるほど面白いのだが、もちろん期待に十分応えてくれる。
いざ出発という成田空港のカウンターで、ビザがないからエチオピアに入国できないことがわかる。そんな準備状況で大丈夫なんか……。「今日エチオピアに行けないのなら、別のエチオピアへ行こう!」という極めて高野秀行度の高い訳のわからん提案により、葛飾のエチオピア料理レストランへ赴き、エチオピアの有名料理・インジェラを食べた。しかし、何と高野さんがインジェラ・アレルギーで救急搬送されることに。波瀾万丈の幕開けとしか言いようがない。
隊長が高野さんなのだから仕方がないような気がするが、やたらといいかげんな取材旅行である。目的地であるデラシャには、パルショータという酒を一日約5リットル、朝から晩まで「主食」として飲み続けている人たちがいる。そのデラシャで最初に取材した伝統的な「家族」がどんな家族だったのか。その内容は面白すぎるのだが、ここでは、善意からとんでもない事態が起きてしまうという典型的な事例で、コンプライアンスの観点から放送不可だったとだけにとどめておきたい。
高野隊長は「①酒を主食とする民族は実在するのか?」、「②実在するとしたら、一日中、酒を飲む生活はどんな感じなのか?」、「③日常生活や健康に悪い影響はないのか?」という3つの疑問を確認すべく取材を進める。もちろん①はイエス、この本のメインは②で、たっぷりと実体験がつづられている。そして気になるのは③だ。
現地の医師によると、肝臓疾患や生活習慣病はむしろ少なく「デラシャ人の健康状態は他よりも良好」だという。訪れた病院では入院患者もみんな酒を飲んでいた。ちなみに、デラシャでは子どもの頃からパルショータを飲み始める。主食やからしゃあないかという気もするが、すごすぎるやろ。もっと驚くのは妊婦さんも飲むということ。え~っ! 病理学で胎児性アルコール症候群も教えてたんやけど。このあたりの人たちは特殊な体質なんやろうか…。
いやぁ、世界には信じられない場所があるもんですな。誰か冒険心あふれる医師が赴いて、本格的な疫学調査とかしてくれんですかね。行けば酒は一日中飲めるんやし、楽しいと思うけどなぁ。2冊目はもっとマジメに、『ガラパゴスを歩いた男:朝枝利男の太平洋探検記』を。って、高野さんも主観的にはきっとマジメにやったはるんやろうけど。
個人的な話だが、死ぬまでに行きたい場所リストの上位にガラパゴス諸島がある。ご存じ、ダーウィンが1835年にビーグル号で訪れ、進化論をまとめるうえで重要な知見を得た場所だ。およそ100年後、ガラパゴス研究の初期に活躍した日本人がいた。朝枝利男、まったくの無名である。偶然、勤務する国立民族学博物館のバックヤードで朝枝の資料を見つけた著者による克明な記録がこの本だ。その探検の過程と豊富な記録写真、さらには朝枝によるスケッチが素晴らしい。
こんな探検家がいたことには心底驚かされましたけど、昔は今よりも探検家が多かったのかもしれませんな。現在の日本人探検家といえば、何といっても角幡唯介さんでしょう。3冊目は角幡さんの『地図なき山:日高山脈49日漂泊行』を。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社文庫)では人跡未踏のチベット奥地にあるツアンポー峡谷に挑み、『極夜行』(文藝春秋)ではGPSを持たずに真冬の北極圏を四カ月以上も単独で歩いた角幡さんは、現代における探検や冒険とは何かを思考し続け「脱システム」という結論にたどりつかれた。それを実行するために、GPSはおろか地図も持たずに、土地勘もない日高山脈を歩く。帯にある「地図を持たない-それだけで日高の山は『極夜』を越える『魔境』と化した」というコメントがその困難さを物語っている。いかにわれわれがさまざまな情報に頼っているかを痛感させられる。
探検とか冒険いうたら、やっぱりそそられますやろ。自分ではでけへんけど、いや、でけへんから、が正しいか。
今月の押し売り本
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仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年6月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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