記事・インタビュー

2025.05.23

<押し売り書店>仲野堂 #40

仲野先生

大阪大学名誉教授
仲野 徹

バーバラ・ブッチャー(著)、福井 久美子(翻訳)/河出書房新社発行
ヘイリー・キャンベル(著)、吉田 俊太郎(翻訳)/白揚社発行
井上 理津子(著)/新潮社発行

日本の年間死亡者数、昭和の終わり頃までは70万人台だったのが増加の一途をたどり、いまや160万人に迫る勢いです。そんな多死社会になってきているのに、医学部で死について教えられることはあまりありません。というような高尚な内容ではなくて、今回は、死そのものというよりも死体に関係する3冊を。

『死体と話す』は、ニューヨーク市の検視局で調査官を務めたバーバラ・ブッチャーの本だ。ファーストネームからわかるように女性だが、23年の間に5000人以上の死体を見てきたという。屠殺者という意味も持つブッチャーというラストネームが何となく気になって読み出したが、その内容は想像以上に凄まじい。

10代から苦しんだアルコール依存症でカウンセリングをうけた際、「鳥類専門の獣医師か検視官」を勧められ、迷わず検視官を選ぶ。いきなり、どんなカウンセリングやねん! とツッコみたくなってしまったが、まさに天職だった。死体捜査官は、遺体解剖をおこなう法医学者ではない。真っ先に現場に赴き、遺体の状況を確認し、記録、保全するのがお役目だ。日本ではおそらく鑑識の警察官がおこなっているのだろう。って、ドラマ『相棒』でしか知らんけど。

さすがはニューヨーク。自然死や不審死だけでなく殺人事件も多くて、680体も扱った。とりわけおぞましいのは焼死体で、なにしろ臭いがすごいらしい。そして、あの2001年9月11日には、何千人もの死に直面することになる。活躍の場はニューヨークだけにとどまらず、2004年のスマトラ島沖地震や2006年のハリケーン・カトリーナによる大災害でも支援をおこなった。ニューヨーク市で2人目の女性主席調査官として大活躍したブッチャーであったが、理由も明かされぬまま解雇される。そして、うつ病に。今は立ち直っておられるようだが、なんだかすごい人生だ。

さまざまな現場が描写されていく。悲惨だったり恐ろしかったりするシーンが多いのだが、ブラックと言わざるをえないジョークがしばしば交わされる。不謹慎と思われるかもしれないが、そうではない。あるバラバラ死体事件の場面を描きながら、「ジョークを言うのは被害者ではなく、自分のため」だと語る。それは「不安を吹き飛ばし、恐怖を押しやる」のに必要だからと。さすがに、こういう仕事には慣れるなどということはありえないのだろう。

暗くて怖い本と思われるかもしれないが、決してそのようなことはないので安心してお読みください。読後感もよろしい。で、2冊目は『死の仕事師たち』を。『彼らはなぜ「人の死」を生業としたのか』というサブタイトルにあるように、さまざまな「人間の死体」を扱う職業につく人たちへのインタビュー集だ。全部で12の職業が取り上げられている。

葬祭ディレクター、死刑執行人、エンバーマ-、病理解剖技師、火葬オペレーター、デスマスク彫像家、墓堀人あたりは、まれな職業もあるが、想像がつく。しかし、死産専門助産師や、犯罪現場清掃人、被災者身元確認業務となると、そんな仕事があるのかと思ってしまう。メイヨークリニックに、献体のご遺体を管理するアナトミカル・サービス・ディレクターなる専門職があるのには驚いた。最後の章「クライオニクス・インスティテュート」は、いつか生き返らせるために死体を冷凍保存する会社のお話だ。

遺体の扱いについては文化的な差異が大きな影響を与える。『死の仕事師たち』は、英国人女性である著者が時には苦しみを味わいながら英米を駆け回って取材したものである。日本ではどうなのかも知りたくなられないだろうか。そんな人には、『さいごの色街 飛田』(新潮社)が有名なノンフィクションライター・井上理津子さんの『葬送の仕事師たち』を。何だか似たようなタイトルだが、井上さんの本の方が5年近く早い。

この本は題名の通り、葬儀、エンバーミング、火葬など、亡くなってからお世話になる人たちのお話である。『死の仕事師たち』より職種は限られるが、内容は国内限定で身近なだけに、あぁそうだったのかと思わされることが多い。

井上さんには、他にも『いまどきの納骨堂』(小学館)や、『葬送のお仕事』(解放出版社)といった著作もあって勉強になる。墓じまいなどお墓に悩んでおられる方や、お葬式に備えておきたいと考えておられる方には特にお勧めだ。

死についての本やなんて縁起が悪いと思わはるかもしれません。でも、こういう本を読んで死について考えておくことは絶対に必要ですわ。メメント・モリということで。

今月の押し売り本

死体と話す: NY死体調査官が見た5000の死
死体と話す: NY死体調査官が見た5000の死
バーバラ・ブッチャー(著)、福井 久美子(翻訳)/河出書房新社発行
価格:2,640円(税込)
発刊:2024/8/27
Amazon

今月の押し売り本

死の仕事師たち:彼らはなぜ「人の死」を生業としたのか
死の仕事師たち:彼らはなぜ「人の死」を生業としたのか
ヘイリー・キャンベル(著)、吉田 俊太郎(翻訳)/白揚社発行
価格:2,750円(税込)
発刊:2024/11/29
Amazon

今月の押し売り本

葬送の仕事師たち
葬送の仕事師たち
井上 理津子(著)/新潮社発行
価格:649円(税込)
発刊:2018/1/27
Amazon

仲野 徹

隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。

※ドクターズマガジン2025年5月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

仲野 徹

<押し売り書店>仲野堂 #40

一覧へ戻る