記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
モンティ・ライマン(著)、塩﨑香織(翻訳)/みすず書房発行
ダニエル・M・デイヴィス(著)、久保尚子(翻訳)/亜紀書房発行
ヘンリー・マーシュ(原著)、小田嶋由美子(翻訳)、仲野徹(監修)/みすず書房発行
一流の医師や研究者にして、むっちゃ筆が立つ人。日本には少ないけど、外国にはけっこうおられますな。個人的にはとりわけ英国人に多いような気がしとります。ということで、そんな著者による本をば。ちなみに、3人ともすでにこの連載で1冊ずつ紹介したことありますねん。いやぁ、何冊も紹介したくなるレベルなんですわ、ホンマに。
1人目はオックスフォード大学のモンティ・ライマン先生。以前、『皮膚、人間のすべてを語る』(みすず書房)を紹介している(第11回)。今回は『痛み、人間のすべてにつながる 新しい疼痛の科学を知る12章』を。前作がむっちゃおもろかったので、新作に対する期待は高まらざるを得なかった。そして、予想をはるかに上回る内容に満足するだけでなく感動すら覚えたのであった。「痛みについて私たちが知っていると思っていることは、全て間違っている」
読み進めるにつれ、冒頭にあるこの大胆不敵な文章の正しさが分かってくる。痛みという感覚がいかに複雑なものであるか、から話は始まる。痛みを感じるとき、同時に不快感といった情動反応を伴う。言われてみればその通りなのだが、このふたつは不可分なものだとばかり思っていた。ところが違うのだ。「痛覚失象徴」では、痛みを感じはするが不快感は覚えない。だから、痛みが気にならないので、怪我をしがちになる。ホンマですか…。
驚きの内容が次々と紹介されていく。心理状態やプラセボによる痛みの軽減、痛みの「伝染」、信仰と痛み、果ては、社会的な痛みにまで話は及ぶ。そして、最後の方は「持続痛」(ライマン先生は慢性疼痛という用語は良くないという考えから持続痛という言葉を使っておられる)に多くのページが割かれている。
現代社会においていかに持続痛が蔓延しているか。それは、痛みについての知識不足が大きな原因であり、そのメカニズムを理解することが、持続痛を軽減するための第一歩だという。もちろん、そのためにはこの本が最適だ。持続痛に悩んでいる人、そして、持続痛の患者を診る機会のある医師たちには必読の一冊として推薦したい。ちなみにライマン先生は、1992年生まれの32歳で、皮膚の本は26歳、痛みの本は28歳の時の出版だ。天才ちゃうか。
お次はインペリアル・カレッジ・ロンドンの生命科学部長にして免疫学教授、ダニエル・M・デイヴィス先生の邦訳2作目、『人体の全貌を知れ-私たちの生き方を左右する新しい人体科学』を。『皮膚、人間のすべてを語る』と同じ回に、1作目の『美しき免疫の力-人体の動的ネットワークを解き明かす』(NHK出版)を紹介している。今回の作品は、タイトルからは少しわかりにくいのだが、最新の医学研究に用いられている研究法の紹介だ。
そんなもん、無味乾燥でおもろないんとちゃうんかと思われる人が多いかもしれない。しかし、それはとんでもない間違いだ。超分解能顕微鏡、ゲノム編集、フローサイトメーター、光遺伝学、マイクロバイオームなど、いかにしてそういう方法論が開発され、どのように利用されているのか。前作と同じく、豊富なインタビューにより、じつに生き生きと、そして、わかりやすく描きだされていく。この本でワクワクできなかったら、科学の本はもう読まなくていいと言ってしまいたくなるレベルだ。
3人目は英国の脳外科医、ヘンリー・マーシュ先生。解説を書かせてもらっているので少し気が引けるが、『残された時間-脳外科医マーシュ、がんと生きる』を。デビュー作『脳外科医マーシュの告白』(NHK出版)、この連載の第7回で紹介した『医師が死を語るとき-脳外科医マーシュの自省』(みすず書房)とあわせて、時を追いながらマーシュ先生の人生をつづった三部作になっている。
1作目から大ファンになった。その人生、生き様、職業にかける情熱といった内容だけでなく、文章も抜群だ。僭越(せんえつ)ながら、考え方にすごく共感できた。すでに「私が求めるべきは、後数年良い人生を過ごすことだけだ」と達観しておられるマーシュ先生にお会いして、素晴らしい3冊のお礼を申し上げたいくらいだ。本を読む限りクールでシニカルなお人柄のようなので、たぶん、なんやねんお前は、という顔をされそうやけど。
こういう作者たちを産み出す英国っちゅうのは、国力が衰えてきたとはいえ、なんか底力を感じさせますな。勝手な想像ですけど、教育や経験の積ませ方というもんが違うんとちゃいますやろか。今回は遠い目とため息で終わりたいと思います。はぁ~。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2025年3月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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