記事・インタビュー
群星沖縄臨床研修センター センター長
徳田 安春
2024年のノーベル平和賞授賞式が12月、ノルウェーの首都オスロで行われた。被爆者の立場から核兵器の廃絶などを訴えてきた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)にメダルと賞状が授与された。代表委員の田中熙巳さんの演説には、次の発言が含まれていた。
「生きながらえた原爆被害者は歴史上未曽有の非人道的な被害をふたたび繰り返すことのないようにと、2つの基本要求を掲げて運動を展開してまいりました。1つは、日本政府の『戦争の被害は国民が受忍しなければならない』との主張に抗い、原爆被害は戦争を開始し遂行した国によって償われなければならないという私たちの運動であります。2つは、核兵器は極めて非人道的な殺りく兵器であり人類とは共存させてはならない、すみやかに廃絶しなければならない、という運動であります」
太平洋戦争を開始した国は日本であり、原爆を落とした国は米国だ。両国政府は責任を負うべきであろう。日本政府の「戦争の被害は国民が受忍しなければならない」との主張は間違っており、日本政府はこの主張を是正すべきではないだろうか。そうしないと、将来危惧される平時の日米共同の軍事行動が誘発しかねない偶発的な戦争による国民への戦争被害を「コラテラルダメージ」として日本政府から無視される恐れがある、と私は考える。
1980年にハーバード大学教授で循環器内科医のバーナード・ラウン氏は、「医師が核兵器の開発競争に反対するのは当然だ」と述べ、核戦争防止国際医師会議を創設した。同会議は、この活動で1985年にノーベル平和賞を受賞している。私も臨床医として、数年前に核戦争防止国際医師会議に入会し、核兵器開発に反対する言論活動をしている。
ラウン氏は、虚血性心疾患での心室性不整脈で有名なラウン分類を提唱し、除細動器を開発した臨床医でもある。ラウン氏らが除細動器開発に心血を注いでいた時期は、米ソ冷戦がエスカレートしていた頃だ。大量破壊兵器の配備に反対する目的と除細動器を開発する目的は同じだ。ラウン氏は、当時ソ連のゴルバチョフ大統領に直訴して、核兵器配備の削減を実現させた。ラウン氏の行動目標は、臨床医として多くの人々の生命を救うことである。不整脈死と核被爆死の予防は、臨床医のプロフェッショナリズムに基づく行動目標である。
核戦争防止国際医師会議以外にも、ノーベル平和賞はこれまで、核兵器開発に反対する活動をしたさまざまな個人や団体に贈られてきた。1952年受賞のアルバート・シュヴァイツァー医師、1962年のライナス・ポーリング氏、1995年のパグウォッシュ会議、2017年の核兵器廃絶国際キャンペーン、などだ。
しかし、ノーベル平和賞にも過去にエラー授与があった。1974年に佐藤栄作氏(元首相)へ授与したことだ。非核三原則を唱えて、1972年に沖縄の日本復帰を達成させたということが受賞理由だった。
2024年1月、ノルウェーのノーベル研究所は、授賞から50年が経過した時点での情報公開請求に応じて、当時選考にあたったノーベル委員会の資料を開示した。資料には、米国寄りの政策などから「授賞は議論を呼ぶ可能性が高い」として選考にあたった委員会が批判も想定していたことが記載されていた。
実際、ノーベル研究所による開示資料の中には、佐藤氏の受賞に対して日本や世界各国から寄せられた抗議の手紙や電報などが含まれていた。その理由は核密約だ。核密約とは沖縄の日本への返還を1972年と決定した、1969年の日米首脳会談で、佐藤首相とニクソン大統領が返還後の沖縄に核兵器を持ち込む密約を結んでいた歴史的事実のことだ。
「核抜き・本土並み」という佐藤氏の言葉を信じて復帰を支持した沖縄は、それまで核の恐怖を身近に感じながら暮らしていた。復帰前に、米軍は1300発もの核ミサイルを辺野古や嘉手納の弾薬庫に貯蔵し、また、判明しているだけで三回の核兵器事故または未遂を起こしている。
1959年には、米軍が核ミサイルの誤射を起こし、核弾頭が那覇沖の海中に落下する事故が起きた。1962年には、米ソのキューバ危機の際、沖縄の核ミサイル部隊に米軍からの核攻撃命令が誤って出され、現場の判断で発射が回避されるという出来事があった。さらには1965年、沖縄近海で米軍空母から、B43核爆弾を搭載した攻撃機が海に落下した。これらの事故や未遂では核爆発には至らなかったが、映画「博士の異常な愛情」でみるような、偶発的核戦争の可能性もあったのだ。
このような核恐怖から脱したいという思いから、非核三原則を信じて日本復帰に同意した沖縄を欺いた佐藤氏。このノーベル平和賞の背景にある歴史的事実を今こそ国際的に検証すべきであろう。
最近の国際紛争を観察すると、「核抑止論」はもはや幻想であることがわかる。核保有国が戦争を仕掛け、非保有国も核保有国と戦争をしているからだ。核兵器の使用をちらつかせている国もある。サイバーテロリストが保有国の核兵器ミサイルを勝手に発射してしまうリスクも増大した。
局地的で限定的な核戦争でも地球的な被害は重大である。数十億人の人々が「核飢饉」のリスクにさらされる。核の使用は医学的にも重大な危機をもたらすものであり、医師はこのような事実を人々に知らせ、核兵器に反対する役割が求められている。
徳田 安春 とくだ・やすはる
1988年琉球大学医学部卒。沖縄県立中部病院で研修。その後、沖縄県立中部病院内科副部長、聖路加国際病院内科医長、筑波大学附属水戸地域医療教育センター教授、地域医療機能推進機構本部顧問などを経て、2017年より現職。米国ハーバード大学大学院公衆衛生修士号MPH取得。医学博士。筑波大学、聖マリアンナ医科大学、琉球大学、の各大学客員教授。獨協医大特任教授。台湾ホスピタリスト学会国際顧問。JGFM編集委員長。2020年4月号にスタートした「Dr.徳田のクリニカルパールズ」のモデルでもある。
※ドクターズマガジン2025年2月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
徳田 安春
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