記事・インタビュー
自分にとって一番のつらさとは?進路選択の大きな指針に
山本 先生 :これまで、仕事がハードな時期、つらい現場などもあったかと思いますが、お二人はどう乗り越えてこられましたか。
稲葉 先生 :私は、シンプルに仕事の分量や時間など、このくらいまではできるかな、もう少し頑張れるかな、という範囲を把握して、働き方を調整してきました。マンパワーのない地域や病院では難しいかもしれませんが、環境を選択すれば働き方のバリエーションはつくれると思います。
山本 先生 :稲葉先生は、4歳の双子を含む4人のお子さんの育児中ですよね。その中で開業して、各メディアでの医療啓発活動も精力的に行われていて、やっぱり先生は昔から鉄人です(笑)。
稲葉 先生 :よく言われるのですが、その〝鉄人感〟が良くなくて。一般企業で女性のヘルスケアについて講演したときに、女性も育児をしながらキャリアを積むことができるという話をすると、「弊社にもそういう人がいますけど、みんな鉄人なんです」と、特別な人に思われてしまう。でもそうではなくて、私も「当直ができない」など不可能なことはあるけれど、だからといって産婦人科医を辞めなければいけないわけではない。大好きな仕事を続けるためなら、どうにかやりくりする方法を模索して、必ず解決の糸口が見つかると信じています。
後藤 先生 :仕事のつらさとは人によって多岐にわたると思うんです。緊急手術がある科、当直・オンコールが多い科などはきつい診療科と言われがちですが、必ずしもそうではない。例えば、私がつらかったのは、初期研修の時、時間外に上司のギターの弾き語りを長時間聞かされたこと。バスケットと仕事の両立で月に2、3日しか休みがなくてもつらくはなかったですが、この時間は耐えられなかった……。今では笑い話の一つですが(笑)。人によって、急変が心配な患者を多く抱えるのがつらい、やるべきことの領域が広すぎることがつらいなど、さまざまです。仕事のつらさはワークライフバランスやタイムパフォーマンスの問題として語られがちですが、自分にとって何が最も負担に感じることなのかを明確にしておくと、専門科や勤務先を選ぶ際の指針になるかと思います。とはいえ、外科がきついというイメージは、やはり土日も休めないと思われていることが大きいのでしょうか。
山本 先生 :そうですね。そういうイメージはあるかもしれませんが、最近は当院を含め土日も分業体制のところが増えているのではないでしょうか。緊急手術は確かに多い科で、予定外の業務を敬遠する気持ちは誰しもあるので、しっかりオンコール体制をとって、担当でなければ呼ばれないという安心感が持てるのは大事だと思います。
稲葉 先生 :プライベートを犠牲にしなくていいというメッセージは必要ですよね。それには、ロールモデルを見せるのが一番いい。一般企業でも、出産育児をしながら、同じ会社でキャリアを継続している先輩の姿を見ることで、後輩も「自分にもできるかも」と思えて、育児もキャリアも諦めなくてよい職場環境が醸成されることがあるそうです。私は、研修医の時にがん研有明病院に見学に行って、お子さんが3人いながらも部長職に就かれていた女性の先生に会ったのが大きかった。産婦人科医をしながら3人育てられるんだ! と思えたのは、その先生に出会えたおかげです。
山本 先生 :ロールモデルを見せることで成功したのが、まさに産婦人科ですよね。産婦人科は一度、医師数が激減しましたが、近年また回復し始めている。緊急対応が比較的多い診療科で医師が増えたというのは、われわれ外科医の希望です。外科ではいまだに「忙しい自分、かっこいい」というプロモーションをする人が一定数いますが、これは良くない。もしかしたら循環器内科でも、そのような雰囲気が残っているのでは?
後藤 先生 :確かに、循環器内科にも忙しさを美徳とする方はいて、外科と同じく医師の減少が深刻です。私は医局で「忙しい」と言わないようにしていて、いつでも話しかけやすい先輩でいることを心掛け、ニコニコしています(笑)。また、私自身は組織の良くない風潮を壊すための存在であるべきだと思っているので、昔の方法を引き継いで「みんなが現場で苦労する」ようなやり方をやめ、一人一人の負担を減らしたいと考えています。例えば、カテーテル室にカメラを付ければ遠隔で指示が出せますし、ECMOだってリモートで見られるなら病院に来なくてもいい。手術動画もWebで見られますから、院外で研鑽を積む方法だってある。病院絶対主義を貫く時代は終わらせなければなりません。
山本 先生 :そうですね、働く場所も多様化しています。外科は今でも、「よく飲み会をやっていて、年功序列で体育会系だ」というイメージで見られることがありますが、私の職場ではみんな仕事が終わったらすぐ家に帰りますし、実際、職場の人と飲みに行くことはほとんどないです。
後藤 先生 :体育会系という言葉も実態とずれています。プロアスリートは、もちろん仲間を大事にしますが、コンディショニングの時間や家族との時間を優先しています。私も職場で誘われたら応じることはあっても、自分から飲みに誘うことは激減しましたね。
山本 先生 :忙しいアピールや昔の意味での体育会系というのは一部でのことだと思いますが、その一部の人の声が大きくて影響力があるのかもしれない。ですから、そうではない人たちの声をもっと大きくしていく必要があって、それは私たちの役割でもありますよね。
※ドクターズマガジン2024年12月号に掲載されました。
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