記事・インタビュー
2024年は医師の働き方改革元年、各組織で試行錯誤が続く中、どのように専門科を選び、学び、キャリアを築けばよいか悩む若手医師は多い。進みたい専門科でやりがいをもって働きたいが、忙しさでプライベートが犠牲になる懸念を理由に諦めるケースも少なくない。実際に、専門科による医師偏在も問題になっている。今回、いわゆる〝しんどい科〞と言われがちな外科、産婦人科、循環器内科の医師3人にお集まりいただき、ご自身の専門科の選び方、医局の選択、そして自分らしいキャリアのつくり方についてうかがった。
<お話を伺った方>
稲葉 可奈子(いなば・かなこ)
Inaba Clinic院長
2008年京都大学卒業。同大学医学部附属病院で初期研修の後、東京大学医学部産婦人科入局。三井記念病院を経て、東京大学大学院にて医学博士号を取得。関東中央病院での勤務ののち、産婦人科受診のハードルを下げるべく2024年7月、渋谷にInabaClinic 開院。みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト代表。月経、妊活、妊娠、更年期など女性の健康面の課題を気軽に相談できる産婦人科医療の普及を目指し、クリニックで診療を行いながら病気の予防や性教育、女性のヘルスケアなどの医療情報を各メディア、企業研修などを通して発信。著書に『シン・働き方』など。小6、小2、4歳の双子の4児の母。
山本 健人(やまもと・たけひと)
医学研究所北野病院 消化器外科 医員(感染症科兼務)
2010年 京都大学卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修。2012年同外科。2015年田附興風会医学研究所 北野病院 消化器外科。2017年京都大学大学院医学研究科 消化管外科 博士課程を経て、2021年から現職。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医・指導医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、ロボット支援手術認定プロクター(直腸)、感染症専門医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は累計1300万超のページビュー。著書『すばらしい人体』『すばらしい医学』はシリーズ累計23万部超え。
後藤 礼司(ごとう・れいじ)
愛知医科大学 内科学講座(循環器内科) 講師
2007年藤田医科大学卒業後、常滑市民病院で初期研修。2009年常滑市民病院 循環器内科・血管外科・インフェクションコントロールチーム、2012年総合大雄会病院 循環器内科・インフェクションコントロールチーム、臨床研修プログラム委員。2020年4月愛知医科大学へ移り、2021年愛知医科大学大学院医学研究科を経て、2022年より現職。総合内科専門医・指導医、循環器内科専門医。抗菌化学療法認定医・指導医。名古屋DIAMOND DOLPHINS コートドクター、FIGHTING EAGLES名古屋 チームドクター。専門は循環器と感染症。多数のTV番組の他、雑誌、新聞等で多くの医療情報を発信。プロバスケットボールのプレーヤー経験があり、現在も趣味として続ける。
「やりたい」と「やりがい」の両立を目指し自分らしいキャリアを築くためにできること
一生かけて取り組みたいと思える専門科を選択
編集部 :本日は、消化器外科医の山本健人先生、産婦人科医の稲葉可奈子先生、循環器内科医の後藤礼司先生にお集まりいただきました。それぞれの専門科で15年ほどのキャリアを築いてこられた先生方が、専門科選びやキャリア形成の分岐点でどのような決断・選択をされてきたのか、詳しくお話を聞かせてください。
山本 先生 :私は大学時代は内科志望でした。診断をし、治療法を考えて患者さんに提供するという思考プロセスにおもしろさを感じていて、特にやりたいと思ったのが、がんの化学療法や放射線治療。ですが、初期研修の時に、がんの内科的治療はその多くで「治りましたよ」と言えないつらさがあると感じたのです。一方外科は、手術で患部を取り、しばらく通院して再発がなければ「治療は卒業です」と言える。そういった点が自分に合っていると思いました。消化器を選んだ理由は、対象臓器が多いからです。生涯外科医を続けるならば、多くの臓器を診られるほうが興味が尽きないと考えました。
稲葉 先生 :私が産婦人科を選んだ理由は、出産、生殖医療、がん治療、内分泌治療というさまざまな領域に関われることに魅力を感じたからです。また、外科的な手技、内科的な治療、どちらも行うことができるので、これだけ内容の幅が広い専門科ならモチベーションを保ち続けられると思いました。
後藤 先生 :私は学生時代、バスケットボールに打ち込んでいて、漠然と整形外科を考えていました。ですが、ベッドサイドラーニングで患者さんから話を聞く中で、内科のやりがいも感じて。初期研修を始めてからは、整形外科、循環器内科、血管外科、精神科の中でかなり迷いました。最終的には〝医学は社会復帰の学問〟なのだと気付き、人体の中で最も重要な臓器の一つである心臓を扱う科で挑戦をしてみたいと思いました。循環器内科に決めたのは初期研修2年目の冬、ギリギリでした。
医師の永遠のテーマ ワークライフバランスの考え方
山本 先生 :私も後藤先生も勤務医ですが、稲葉先生は今年7月に開業されてからワークライフバランスが大きく変わったのではないでしょうか。
稲葉 先生 :それが、意外とそうでもないんです。もともと私は〝ワーク VS ライフ〟のような意識がなくて、今も勤務医時代も〝ワークインライフ〟という感覚で働いています。仕事は生活の一部であり、やるべきことを24時間でどうさばいていくか。医師の仕事とプライベート、市民への啓発活動と、やるべきことを回していく中で、医師として患者さんの治療はパーフェクトに行うけれど、家の掃除は手を抜く、でも4人の子どもたちの話はちゃんと聞く、というふうにプライオリティをつけて割り切っています。なので、ワークライフバランスという観点では100点とは言えないかもしれませんが、ワークインライフとして考えると、24時間という制限の中で自己評価は100点です。もし、全てにおいて完璧を目指すなら、1日72時間は必要かもしれないです(笑)。
山本 先生 :外科の勤務医としては、ワークライフバランスは勤務する施設による、としか言いようがありません。勤務先の手術件数や外来患者数、救急車の受け入れ台数や、組織の中で任されている仕事量によって変わってきます。私の勤務する医学研究所北野病院は、消化器外科の医師が13人いて、部長をはじめ働き方改革の意識が強いので、勤務時間を抑え、かつ分業を奨励する方向に進んでいます。数年前までは、緊急の案件はみんなで協力して対応する雰囲気でしたが、今は完全分業で、オンコール日以外に呼ばれることはまずありません。そういう点では、ワークライフバランスはかなり達成できていると思います。
後藤 先生 :ワークライフバランスの話で言うと、私は今が一番悩んでいて、一番バランスが崩れていると思います。というのも、以前三次救急病院にいた時はやりたいことが臨床と教育に絞られていて、それが十分にできていましたが、4年前に愛知医科大学へ移り、研究にも力を入れたいと思ったときに、うまく時間が捻出できていないのが悩みで。研究は臨床を終えた深夜になってしまうし、教育も学生たちの動きによって時間が読めない。もちろん充実していてやりがいを感じているのですが、もがきながらやっているのが実情です。キャリアを重ねるほどできることも増え、いろいろなことに興味も湧いて、時間が足りないです。
稲葉 先生 :やりたいことと、やらねばならないこと、また、その時の自分の生活状況も加味して、働き方を調整する難しさはありますよね。以前、病院に勤めていた時、すでに子どもが1人いて夫は帰宅の遅い仕事だったので、本当は当直もやりたかったのだけど、できる状況ではなくて。それで医局の関連病院の中で、当直なしの病院で働かせてもらえるように医局にお願いしました。その病院は私を含めて常勤が3人だったのですが、小所帯だったからこそ、診療時間や診療内容を無理のない範囲で設定し、みんなが「定時に終われるようにがんばろう!」という意識であったことにとても救われました。
後藤 先生 :素晴らしいチームワークですね。お互いの希望を言い合える雰囲気は一番大切かもしれません。病院や専門科を問わず、働き方改革への意識を高めて多様性を認められる組織にならないと、医師は集まらなくなりますね。
稲葉 先生 :そう思います。特に時間管理はマストですよね。性別関係なく、家族と過ごしたい、自分の自由な時間を確保したい、と思うのは当たり前の感覚ですし、それが実現できてこそ働き方改革です。
※ドクターズマガジン2024年12月号に掲載されました。
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