記事・インタビュー

2024.12.26

【Doctor’s Opinion】AI化・デジタル化で未来につながる医療を!

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長

中村 祐輔

超高齢社会を迎えた日本の医療は大きな課題に直面している。高齢化が進めば、医療を必要とする人の割合は増えてくること、そして、今のままでは医療費がさらに増大することは必至である。近年、医療の高度化・先進化・個別化が急速に進み、医療現場の負担は増大の一途をたどっている。それにもかかわらず、「医師の働き方改革」によって労働時間の削減を迫られる矛盾した状況が起こり、医療現場は混乱を来している。これらの問題を解決するためには、人から人へとタスクシフトするのではなく、生成AI や医療ロボットを取り入れた未来型医療システムのビジョン構築策定を行い、それに基づいた抜本的な医療改革を断行しない限り、医療現場は破綻を来すに違いない。

また、医療費の増大が、国の経済に大きな足かせとなってきているが、超高齢社会の到来は数十年前から予測されたことである。高齢化に伴って、医療の需要が増え、相対的に医療供給が不足するうえに、医療技術の進歩に伴って、医療が高度化・複雑化して、種々の医療従事者の負担が増大することも火を見るより明らかだったが、その対応策が遅れてしまった感が否めない。さらに、都市部と過疎地の医療サービスの格差、特に専門医の偏在が顕著となってきている。

医療のAI 化・デジタル化は、「いつでも、どこでも、だれもが質の高い医療を受けられること」につながるだけでなく、「人からAI やロボットへのタスクシフトによる医療の効率化」、そして、「時間と心のゆとりを取り戻した心温まる医療」をもたらす効果も期待できる。多くの人が経験する医療機関での長い待ち時間によるストレスの軽減や人的ミスによる健康被害削減にもつながる。

最近、研修医の上腸間膜動脈症候群に対する「誤診」が大きな話題となった。これは、日本のメディアのリテラシーの低さを象徴するような「誤報」だと思う。そもそも、どんな疾患であっても、それを発症初期から100%正しく診断できると考えることが間違っている。ChatGPT に「急性腹症」を引き起こす疾患について質問すると15種類の疾患名が列挙されるが、発症初期にこれらを全て鑑別することは非常に難しい。一般的に高頻度の疾患名、自分の専門分野の疾患名が思い浮かぶことが常であり、普段遭遇しない疾患名は思い浮かびにくい。実際の医療現場では、最も可能性が高いと考えられる疾患に対応する検査が行われるが、これは医療における種々の資源を考えれば当然のことだ。症状の進行につれて疾患の特徴がはっきりとしてくるが、初期の時点であらゆる疾患を想定するには、AIの助けを借りるしかない。日本ではあまり議論されない医療ミスも米国のデータから類推すると、わが国でも年間百万単位で起こり、それらによる健康被害は1兆円前後と考えられる。検査結果の見過ごし、患者の取り違えなど人がミスをする可能性は枚挙にいとまがない。AI 化・デジタル化はこれらのミスを最小限にすることにも寄与する。

最近ではプレシジョン医療、個別化医療などと呼ばれることが多いが、近い将来、膨大な臨床データを組み合わせて、最適の治療法、治療薬を見つけ出し、提供することになる。医療分野に蓄積される情報量は指数関数的に増加して、すでにわれわれの記憶容量を凌駕する状況となっているので、AIを利用した情報処理の補助が不可欠となる。

膨大な情報量を活用するためには、情報処理技術や情報のセキュリティーの課題を国レベルで解決する必要がある。生成AIによる不正を防ぐための法整備やルール作りも急がれる。当然ながら、AI 化・デジタル化のコストを誰が負担するのかも議論しなければならない。導入コストを医療機関が負担することになれば、経済的負担によるさらなる経営の圧迫、あるいは、AI 化・デジタル化の導入が遅れる結果を引き起こすことになる。医療のAI 化・デジタル化は、国民の健康維持・質の高い医療の提供・医療格差の解消につながり、大きな視点に立てば、医療費の増加抑制・労働人口の維持につながる。単なる医療の問題ではなく、国の根幹に関わる問題として、国主導でのAI化・デジタル化の推進策が期待される。

中村 祐輔  なかむら・ゆうすけ

1977年大阪大学医学部卒業。ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、(財)癌研究会癌研究所生化学部長、東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授、同研究所ヒトゲノム解析センター長、理化学研究所ゲノム医科学研究センター長、2011年内閣官房参与・内閣官房医療イノベーション推進室長など歴任。2012年-2018年シカゴ大学医学部教授、2018年4月-2023年3月内閣府「AIホスピタル」プログラムディレクター。2018年-2022年公益財団法人がん研究会プレシジョン医療研究センター所長。2022年より現職。東京大学名誉教授、シカゴ大学名誉教授、2000年慶應医学賞、2003年紫綬褒章、2020年クラリベイト引用栄誉賞、2021年文化功労者。「ドクターの肖像」2000年6月号に登場。

※ドクターズマガジン2024年12月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

中村 祐輔

【Doctor’s Opinion】AI化・デジタル化で未来につながる医療を!

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