記事・インタビュー

2024.04.19

離島に医療技術を届ける! 徳洲会の遠隔内視鏡診療支援(遠隔内視鏡プロクタリング)とは?

案件番号:23_AT005 医療機関名:岸和田徳洲会病院

徳洲会グループが進める遠隔内視鏡診療支援(遠隔内視鏡プロクタリング)。リアルタイムで内視鏡画像を共有することで、離れた場所にいる医師が技術指導を行い、診療をサポートします。このシステムを取り入れたガンの剥離手術は、2023年から始まりすでに15例以上。今回はプロジェクトの先頭に立つ岸和田徳洲会病院 消化器内視鏡センター長 井上太郎先生に、遠隔内視鏡プロクタリングと、その有用性についてお話を伺いました。

※この記事は2024年2月に取材した内容を元に編集しています。

<お話を伺った先生>

井上 太郎

井上 太郎(いのうえ・たろう)
所属先:岸和田徳洲会病院 消化器内視鏡センター長 兼 副院長(取材時)
2004年川崎医科大学卒業。2009年より岸和田徳洲会病院消化器内科に勤務。2017年に同院 消化器内視鏡センター長、2020年に副院長に就任。
2024年4月からは神戸徳洲会病院副院長 兼 岸和田徳洲会病院 消化器内視鏡センター長として勤務
【資格・専門医】
日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化管学会専門医・指導医
日本救急医学会専門医 など

Q:井上先生のご経歴を教えてください。

 井上 先生 

地元にある福岡徳洲会病院で初期研修を始めてからずっと徳洲会グループで勤務しています。家族や親せきに医師が多い家系で、当初は祖父と同じ整形外科医を目指していました。整形外科の中でも多発外傷に興味があり、全身を診たいと思いまず後期研修では救急科を専攻。その後の離島勤務で内視鏡技術の必要性を痛感し、消化器内科の道に進みました。

Q:離島医療に注力するようになったきっかけを教えてください。

 井上 先生 

後期研修4年目の離島研修で赴任した喜界島での出来事です。

救急医として島の病院に着いてすぐ、吐血でショック状態の患者さんが運ばれてきました。即座に輸血の指示を出すと「血が届くのは明後日です」と言われました。どうにか緊急内視鏡をしましたが、出血がひどく、当時の僕にはまだ止血をするほどの技術がありませんでした。

なんとかバイタルを維持することが精一杯で、奄美大島へ搬送する自衛隊のヘリを待っていました。すると明け方に島民が自分達の血を提供するために集まってくださいました。まるでテレビドラマのよう。その時、師長さんに「島ではこうやって、生血輸血で命を繋いでいるんです」と言われました。血液製剤が常備されていない、同じ日本でもそれが離島の現実だったのです。集まった島民の生血に放射線を照射・輸血をしながら、隣の奄美大島の治療可能な病院にヘリ搬送しました。

搬送先の病院に到着し、内視鏡医の緊急止血処置はものの数分で終わりました。止血しますね、と言って内視鏡でパパっと止血。衝撃でした。
夜間の救急搬送から生血輸血、そして自衛隊のヘリを那覇から呼び、喜界島から奄美大島へ、一晩約12時間もかけて。それで必要だったのが数分で終わる処置であるのなら、それが離島で出来ればよい。島に医療技術を運びたい、そうその時思いました。ちなみに、その時止血処置をしていただいた医師が、私がその後、門を叩くこととなった師である岸和田の尾野亘先生((当時)岸和田消化器内科部長)でした。

Q:その時のエピソードから先生はどのように動きだしたのでしょうか。

 井上 先生 

その一件の直後から、救急対応に必要な医療技術を離島へ届けることの重要性について考え、都会で医療技術を習得し離島へ届けることを少しずつ始めました。

救急対応だけではなく、島内でガン治療ができるよう、内視鏡の技術を離島に運びたいと思い始めたのは、岸和田徳洲会病院に入ってからです。岸和田徳洲会病院に入って内視鏡の技術を習得していくうちに、ガンの内視鏡治療を島内で完結させたいと思うようになりました。離島のガン患者さんは治療を受けることなく亡くなる方も多い。都会に行けば治療法はありますが、患者さんは島を離れたくない、金銭面やご家族の負担も大きい。治せるものが治せないのはとても悔しく、であれば僕が離島で治療する、と動き始めました。

Q:後期研修医時代にはすでに離島医療について発言されていたのですね!若手の意見にも耳を傾ける、そんな自由な風土が徳洲会にはあるのでしょうか。

 井上 先生 

検査をして、ガンを早期に発見し、内視鏡で治療をする。本土では当たり前のことを離島でも可能にしたいと考えました。「命だけは平等」という徳洲会の理念そのものです。沢山の人に助けられ、最初は数名だった仲間も40名に増えました。
医師のキャリアの自由度がとても高いところが徳洲会にはあり、そこも良さだと感じています。

Q:遠隔内視鏡診療支援のプロジェクトでは、どのようなシステムを導入されていますか。

 井上 先生 

内視鏡画像のリアルタイム共有による遠隔内視鏡プロクタリングを行っています。例えば何百km離れた離島の内視鏡の画像が、リアルタイムでこちら(井上先生)のモニターに映し出されます。「ここを切る」という指示を、モニターに書き込みをすれば、離島側に共有できます。画像や音声に体感できる遅延はほとんどありません。すでにこのシステムを使い15件ほどのガンの剥離手術を行っています。

このシステムでは、指導する側と指導を受ける側が同じ場所にいる必要がなく、さらにライブ配信や、録画してのチームの専攻医の学習に役立てることもできます。より効率よくスマートに知識と技術を身につけることができます。

Q:その他どのような方法で、離島で勤務する医師の診療を遠隔サポートしていますか。

 井上 先生 

現在40人ほどのチームで、北は北海道、南は沖縄、宮古島といった日本全国の離島など医療が十分に届かないところへ、数日から1週間単位での交替勤務体制で医師を派遣しています。
遠隔内視鏡システムはもちろん、
私達のチームでは、24時間365日LINEでもアドバイスをしています。
離島から内視鏡の写真が送られてきて「どう治療したらいいでしょうか」といった質問は毎日あります。多い日では1日1000件くらいの着信があることも。緊急での電話相談については、手術中でも受けられるようにしています。

Q:遠隔内視鏡診療支援によって、離島医療の問題がどう解決していくのでしょうか。

 井上 先生 

医療の知識や技術の面で、本土の病院から遅れをとり、取り残されてしまうというのが離島の大きな問題でした。特に若手医師は、指導してくれる人が誰もいない場所には行きたがらない。
でも、我々のチーム遠隔支援があれば、内視鏡やカテーテルといった専門的な技術を離島で学ぶことができます。若手が月に1週間ぐらい離島に行き、サポートを受けながら治療まで完結できれば、離島医療の向上にもなり、本人のやりがいにもつながると考えています。

Q:ドクターを育てるという面において、先生はチームのメンバーにどのように接していますか。

 井上 先生 

内視鏡はすぐに上達していく人もいるし、そうでない人もいる。そもそも全員がエキスパートになる必要は無いのです。みんな必ず、人それぞれ得意な事や不得意な事があります。大切なのは目の前の患者さんに対して、何ができるのか、今出来る最善の医療は何か、それをいつも考えること。医療技術がどうのこうのではなく、離島だからとか都会だったらとかではなく、患者さんにとって何が最善なのかを考えてチームで診療を行いなさい。と伝えています。
また、技術の習得だけでなく、このチームでは自由に楽しく働けます。私たちのチームでは離島医療は義務ではありません。出産育児など環境変化による要望があれば、当番から外したり減らしたりすることもできます。

Q:どんな先生と働いていきたいですか。

 井上 先生 

離島医療に興味がある先生、内視鏡を沢山やりたい先生など様々いらっしゃると思いますが、私たちのチームでは、こういう先生でなければならないというような条件はありません。人材を活かすのは僕の役目だと思っていますし、どんな先生が来ても活躍してもらえる自信があります。
多くの医師を育成し、将来的には、100人くらいのチームにしてより多く離島に医療技術を運びたいと思っています。

<徳洲会病院グループ>

全国に76病院、33のクリニックや診療所のほか多数の訪問看護ステーションや介護施設、教育機関を運営する日本最大の医療法人。

創業者・徳田虎雄氏が掲げる「生命だけは平等だ」の理念のもと「いつでも、どこでも、誰でも最善の医療を受けられる社会」を実現するべく、患者ファーストの立場で医療をけん引している。前身である徳田病院の開院から今年で50年。変化する医療環境のなかで常に改革と進化を模索。医師のワークライフバランスを考慮し、女性医師活用などで人材確保を図るなど、持続可能な医療体制の構築を目指す。

【問い合わせ先】
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医療法人徳洲会 岸和田徳洲会病院
人事室 医師対策係 近藤 敬宏
596-8522
大阪府岸和田市加守町4丁目27-1
TEL:072-445-9915(代表)
Mailkishiwada-kenshu@tokushukai.jp
岸和田徳洲会病院WEBサイト:https://kishiwada.tokushukai.or.jp/
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井上 太郎

離島に医療技術を届ける! 徳洲会の遠隔内視鏡診療支援(遠隔内視鏡プロクタリング)とは?

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