記事・インタビュー

大阪大学名誉教授
仲野 徹
#09
山崎 章郎(著)/新潮社発行
勝俣 範之、大須賀 覚、津川 友介(著)/ダイヤモンド社 発行
J.L.Tymoczko、J.M.Berg、Jr.G.J.Gatto、L.Stryer、入村 達郎、岡山 博人、清水 孝雄(著)仲野 徹(監修)/東京化学同人 発行
まいど。今回のメイン本はちょっと怪しげな感じで、「トンデモ本」とちゃうんか、と思われるかもしれまへん。けど、読んでみたら、そんなことなかったんですわ。ということで1冊目。「○○で末期がんを克服した」などという本が巷間にあふれている。中には何らかの信じられない幸運に恵まれてがんが治った人がいないとは限らない。しかし、標準治療以外でがんが治ると書いてあるような本は基本的に当てにならない。
『がんを悪化させない試み』というタイトル、あかんのとちゃうん?しかも、「ステージ4の緩和ケア医が実践する」とサブタイトルが付いている。さらに著者は山崎章郎医師である。30年以上も前だが、ベストセラーになり映画化もされた『病院で死ぬということ』(文春文庫)を書かれた緩和ケア医のベテランで、現在は在宅ホスピスを開業しておられる医師である。タイトルだけでトンデモ本と断定するのはいかがなものか。読まねばなるまい。
ステージ3の大腸がんと診断され、内視鏡手術と術後の抗がん剤ゼローダ治療を受ける。しかし、その後に肺転移が見つかり、ステージ4と診断された。抗がん剤の副作用があまりに強かったことから「さらなる抗がん剤治療は選択したくない」、そして「日常臨床がこなせるこの状態を崩したくない」という理由で、抗がん剤治療を選択しない決断をする。かといって手をこまねいていたわけではない。参考文献を読んで自ら編み出した「ビタミンD強化EPAたっぷり糖質制限ケトン食」を実行し、がん細胞の増殖を抑えて無増悪生存期間の延長を目指している、という話だ。
基本的には食事療法である。偉大なる生化学者、ノーベル賞受賞学者でもあるオットー・ワールブルグが1世紀ほど前に見つけた現象がある。がん細胞では正常な細胞と代謝が異なっており、そのおかげでがん細胞は迅速に増殖できるというもので、発見者にちなんで「ワールブルグ効果」と名付けられている。理屈のうえでは、これを逆手に取ることができれば、がん細胞の増殖を抑えることが可能かもしれない。それが、山崎医師の「治療法」のよりどころだ。
2冊目に紹介したい『最高のがん治療』は、がん治療の専門家が「世界中のがん研究の中から、最も効果がある治療法を紹介した」本である。第3章、「食事やサプリでがんは治るのか」では、「現時点ではがんを治す、もしくは進行をゆっくりにすることができると証明された食事法やサプリは存在しません」と一刀両断だ。
そこにもはっきりと書かれているのだが、がん治療に糖質制限食やケトン食が効果ありとするにはエビデンス不足だ。しかし、山崎医師はこの二つに、さらにクエン酸療法とビタミンDおよびEPAの摂取をプラスし、すくなくともある程度は奏功していると主張する。かといって、これが他の人でも効果があるかどうかは別問題である。なにしろ、がんはそれぞれが個性的だし、山崎医師ほど厳密にこの療法を行える人がどれくらいいるかも分からない。
本の最後に山崎流「がん共存療法」の臨床試験が提案されている。本当に効果の認められる患者がたくさんいれば、標準治療になる可能性もなくはない。ただ、二重盲検が原理的に不可能なので効果判定は不十分になるだろうし、厳密な判断は難しそうだ。しかし、抗がん剤治療を受けたくないという人にとっては選択肢の一つになりうるやもしれない。
と、まぁ微妙ですわ。山崎医師のやり方を決して勧めてるわけやないんですけど、全否定するというのは、科学的ではないような気がしますねん。それは置いとくとして、もう1冊の選択が難しい。関連本となると、トンデモ本以外があんまり見当たらへんのです。で、自分も監訳者なんでちょいと気が引けますけど、生化学の鉄板教科書『ストライヤー基礎生化学』を。
正常な細胞のグルコース代謝では、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によってATPが大量に産生される。しかし、がん細胞は違う。エネルギー通貨であるATPも重要だが、それ以上に、細胞増殖のための原材料である核酸などを作らねばならないからだ。そのための代謝経路がワールブルグ効果である。この本の監訳をしながら、生化学ってここまで進んでるんや、病気との関連がこんなに分かってるんやと、えらく感動した。医学の基本である生化学、嫌いと言わずに学び直してみてはいかがだろう。
ということで、今回は、あっちやこっちへ振り回すような感じでございましたな。なにとぞご勘弁を。ほな、また。
今月の押し売り本
今月の押し売り本
今月の押し売り本
仲野 徹
隠居、大阪大学名誉教授。現役時代の専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。
2017年『こわいもの知らずの病理学講義』がベストセラーに。「ドクターの肖像」2018年7月号に登場。
※ドクターズマガジン2022年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
仲野 徹
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