記事・インタビュー
救急外来のカルテ記載のコツ
研修医になりたてのころ、忙しい現場で働く中で最初に特に苦手意識を持つのが、救急外来診療だと思います。時間的に余裕のない救急外来では、指示出しや検査オーダー、診察や問診、処置などあらゆるマルチタスクを順序良く、遅延なく進めていく必要があります。そんな中、病歴や身体所見のカルテを記載する時間を捻出するのは難しいと感じる方も多いでしょう。
今回は、研修医の先生方から質問されることも多い、救急外来におけるカルテ記載のコツについて、私が初期研修中に経験したしくじり体験をもとに、一緒に学んでいきましょう。
私のしくじり体験
研修医2年目終盤の救急科ローテ中、救急科志望の私は上級医の指導下ではありますが、救急外来である程度裁量を持たせてもらっていました。もうすぐ救急医になるし、研修医としてはだいぶ仕事もできるようになったので、少し高を括っていた冬のことでした。救急外来へ、ある施設から紹介の電話相談がありました。話を聞くと、脳梗塞の既往のある入所中の80歳女性が、食物誤嚥後から酸素化不良となり、発熱症状があるとのこと。腹痛で来院された別の患者さんに対応中だった忙しいタイミングで電話を取った私は、これは誤嚥性肺炎で入院するパターンだろうとさっさと判断して、バイタルサインもろくに聞かずにその患者さんを救急車を呼んで搬送してもらうよう、伝えました。
私(脳内) (あー、はいはい誤嚥性肺炎ね…とりあえず各種培養と入院になりそうだから入院に必要な検査をオーダーしといて…とりあえずカルテには施設入所中の誤嚥、とだけ書いておこう…。しっかり施設からの付き添いの方から病歴と生活背景を聞いて、カルテを書き終わったら上級医にコンサルしとこうっと)
しかし、救急外来にその患者さんが、酸素10L/min投与下でSpO2 80%台とかなりの酸素化不良を認めました。思った以上に重症だ…これは急いで病歴を完成させて、早めに上級医にしないと…と思いつつ、救急隊や付き添いの方から聞いた情報をまとめていると、様子を見に来てくれた上級医が、次のように言い放ちました。
上級医「こんなに重症だったの?!カルテを見ただけじゃ伝わってこなかったよ!もっとしっかり事前情報をカルテに書いたり、ABCDアプローチだけでも逐一カルテに記載して更新してくれないと!」
上級医「そしてこの腹痛の患者さんはどうなってるの?病歴や身体所見は?」
私「え、いやー落ち着いたらカルテを書こうと思ったんですが、次の患者さんが来てしまって…」
紹介元からの事前情報の聞き取りをおろそかにしていたことはもちろん、カルテ記載において大切な目的の一つである情報共有を意識できていなかったのです。
ポイントとなるルール・マナー
1.カルテ記載の目的・重要なポイントを意識するべし
そもそも、カルテ(診療録)とは、医療に関して患者の診療経過などを記録したもののことです。医師法や医療法には以下のように記載されています。
●医師法(第24条)
医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
2 前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、五年間これを保存しなければならない。
●医療法(第5条)
公衆又は特定多数人のため往診のみによつて診療に従事する医師若しくは歯科医師又は出張のみによつてその業務に従事する助産師については、第六条の四の二、第六条の五又は第六条の七、第八条及び第九条の規定の適用に関し、それぞれその住所をもつて診療所又は助産所とみなす。
2 都道府県知事、地域保健法(昭和二十二年法律第百一号)第五条第一項の規定に基づく政令で定める市(以下「保健所を設置する市」という。)の市長又は特別区の区長は、必要があると認めるときは、前項に規定する医師、歯科医師又は助産師に対し、必要な報告を命じ、又は検査のため診療録、助産録、帳簿書類その他の物件の提出を命ずることができる。
すなわち、医師にはカルテに「遅滞なく経過を記録」し「保存する」という義務があり、カルテの開示請求があれば開示する必要があるということです。
カルテ記載の目的は何かと研修医の先生方に尋ねると、診療内容の備忘録として、もしくはカルテ開示時の裁判の証拠として記録をすることと答える先生が多いです。私自身も研修医時代はこの印象が強かったのですが、実は医療チーム内での情報共有や(医師はもちろん他のスタッフも)、診療内容を改善するためのフィードバックや教育などのの整理といった他の目的もあるのです。今回の症例では、事前に上級医や他のスタッフの方々と情報共有をするといった観点からは、事前情報の収集やカルテ記載が不十分であったといえるでしょう。
カルテ記載における情報の記録や情報共有、思考回路の整理といった目的を達成するためには、カルテを正確に、わかりやすく、リアルタイムで書く必要があります。今回の症例でも、十分な事前情報をしっかりとわかりやすく、患者さんの来院前にカルテに記載し、来院後もABCDアプローチで評価と介入を行った内容を逐一記載する必要があったのでした。
2.カルテ記載の「型」を意識するべし
日本の茶道や武道などの芸道修行における過程として重要視される、「守破離」をご存知でしょうか?簡単に言うと、何か物事を極めようとするときはまず教わった型を徹底的に「守り」続けて体にしみこませ、他の流派や自分と照らし合わせて研究することで既存の型を「破り」より良いものを生み出し、より上達していく中で型から「離れ」て型にとらわれない存在になるという意味です。
カルテ記載においても、「型」が重要であると様々な書籍やセミナーで口を酸っぱくして主張されています。なぜなら、基本の型を身に付けると、業務効率の改善や、漏れのない病歴聴取や身体診察のスキル向上に加えて、診断推論能力の習得など、多くのメリットがあるからです。そして、カルテ記載における基本の型こそが、医学生時代から何度も登場する「SOAP形式」です。実はこのSOAP形式を真に理解して活用しようとすると、学んでおくべきポイントがたくさんあります。ですが、SOAP形式について詳しく解説しようとすると3記事分程度になってしまいそうなので、ここでは知ってポイントや項目、間違えやすいポイントや改善すべき研修医あるあるを簡単にまとめました。より詳しくSOAP形式について学びたい方は、記事末の参考文献にお示しした書籍をぜひ手に取ってみてください。
SOAP形式のまとめ 1)-3)を参考にして作成
加えて、実は救急外来で有用な「カルテの型」も存在します。何時間もかけたカルテより、すぐに書かれた簡潔なカルテの方が臨床では価値が高いといわれることがありますが、救急外来においてはなおのこと新しい情報の重要性が高まります。リアルタイムで遅延なくカルテ記載をするのに適しており、私が普段から参考にさせていただいている、救急特有の流れに沿った4段階カルテ記載法を紹介させてください2)4).
表 救急特有の流れに沿った4段階カルテ記載法 4)より抜粋し一部改変
表 各ステップのポイント2) 4)
この表を見て、忙しい救急外来で4回もカルテを書くなんて非現実的だ…と感じた方もいるでしょう。かく言う私も最初にこの表を見たときは同じように感じました。ですが、これら各Stepのテンプレートを作成し、習慣化するまで実践すると、意外と時間を必要としないのだと思うようになってきます。むしろ、こまめに書けば1Stepあたりの所要時間は短く、問診や診察の思い出し作業がなくなるため効率的だと感じるようになるはずです。
何よりも、今回の症例のように救急外来では遅延なくリアルタイムで情報共有をするためのカルテ記載が重要になります。後でまとめて書こうと思っていたら次の患者さんが来て書けなかった…という事態は避けなければならないのです。各ステップのポイントもまとめましたので、こちらを参考に明日から実践して、4回に分けてカルテを書くことをぜひ習慣にしてみてくださいね。
3.救急外来では特に治療方針の決定を重視すべし
救急外来での暫定的な診断をつけたら、専門科コンサルトの必要性を考慮しつつ、大まかな治療方針を決定します。場合によっては、初期診療では診断が碓定しないこともあるでしょう。
ですが、救急外来診療は重症度や緊急度の高い疾患の治療が主であり、必ずしも確定診断ををつける必要はありません。救急外来で最低限行わなければならないことは「救命に必要な治療介入」と、「今後の治療方針の決定」なのです5)6)。裏を返せば、たとえ診断がつかなくても、帰宅か入院かの判断まではしなければなりません。
一概に言うことはできませんが、基本的には症例ごとに主訴や鑑別疾患、現在の全身状態やADL、社会的背景を踏まえて方針決定を行います、高齢や意識障害により患者さん本人が意思決定をすることが困難な場合は、ご家族と本人のを尊重した治療方針について話し合う必要がでてきます。個別性が高く難しいところですが、ここが救急医療の醍醐味でもあると私は思います。治療方針のすり合わせに関しては、実際の臨床でたくさん経験を積んで学んでください。
カルテ記載に関しては診断がはっきりしていない場合、診断がついていないことを正直に書いたうえで鑑別すべき疾患名を書いたり、ABCDに不安があるため、自宅で様子を見られる人がいないため入院としたなどと判断を書きます。帰宅させる場合は、緊急性の高い疾患は除外できており、自宅で家族が様子を見られるため帰宅としたなどと書くとよいでしょう。加えて、●●の症状が出現したときは再度受診してもらう、病院へ連絡や相談をしてもらうよう説明したなどの方針も書いておきましょう。
今回は研修医がカルテ記載に置いて悩むポイントをまとめて解説させていただきました。皆様の日々の診療のお役に立てれば幸いです。
注釈
ABCDアプローチ:気道(Airway)・呼吸(Breathing)・循環(Circulation) ・(Dysfunction of CNS)の順に、生理学的異常を評価し介入を進めていく、救急診療の原則
3C:鑑別診断を想起する際に、の3つのCを意識すること
MIST:Mechanism(受傷機転)・Injury site(損傷部位)・・Treatment(行った処置)の頭文字をとった、外傷診療において病歴聴取すべき内容の語呂合わせ
AMPLE:Allergy(アレルギー)・Medication(内服治療薬)・Past historyPregnancy (既往歴/妊娠の有無)・Last meal (最終摂食時刻)・/Environment (受傷機転/受傷現場の状況)の頭文字をとった、救急診療において病歴聴取すべき内容の覚え方
参考文献・記事
1)藤喜太著 外科系カルテの記載方法 2017年 Äpple Books
2)佐藤健太著「型」が身につくカルテの書き方 2015年 医学書院
3)大塚勇輝作 救急外来カルテを早く書くコツ 2022年 Antaa Slide
4)佐藤健太著 救急特有の流れに沿った4段階カルテ記載法 2013年 医学界新聞 医学書院
5)日本救急医学会監修、日本救急医学会専門医認定委員会編集:日本救急医学会指導医・専門医制度委員会救急診療指針改訂第5版 2018年 へるす出版
6)三谷雄己著、志馬伸明監修 みんなの救命救急科 2022年 中外医学社
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