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2022.08.26

【Cross Talk】スペシャル対談:アレルギー編

【Cross Talk】スペシャル対談:アレルギー編
今や国民の約2人に1人が罹患するほど有病率が高く、社会生活に多大な影響を与えているアレルギー疾患。発症や重症化の要因、治療の有効性など未知の部分も多くあり、いまだ完治が難しい領域だ。しかし、日本にはアレルギー専門医が圧倒的に少ない。
日本の食物アレルギー診療・研究の第一人者である海老澤元宏氏と、アナフィラキシーに精通し、日本の小児アレルギー領域を牽引する佐藤さくら氏にアレルギー医療の課題と未来、そしてアレルギー専門医になる意義を語ってもらった。

<お話を伺った方>

海老澤 元宏

海老澤 元宏 (えびさわ・もとひろ)
1985年東京慈恵会医科大学医学部卒。国立小児病院医療研究センターレジデントを経て、米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部内科臨床免疫学教室へ留学。1991年東京慈恵会医科大学大学院医学博士号取得。国立小児病院アレルギー科、国立相模原病院小児科、同医長、同臨床研究センター病態総合研究部長、同アレルギー性疾患研究部長を経て、2020年4月より現職。日本の食物アレルギー診療・研究の第一人者であり、2020年1月には世界アレルギー機構(WAO)理事長に就任。

<お話を伺った方>

佐藤 さくら

佐藤 さくら (さとう・さくら)
1999年宮崎医科大学(現・宮崎大学)医学部卒。2001年宮崎大学医学部小児科医員。2005年国立病院機構相模原病院 臨床研究センター アレルギー性疾患研究部 流動研究員などを経て現職。日本の小児アレルギー領域、アナフィラキシー分野の第一線で活躍。若手医師の育成、アレルギーの啓蒙活動、小児患者の家族サポートにも努めている。

アレルギー医療は変革の時代へ。未知を解明し、完治に挑戦するアレルギー専門医が必要です

目まぐるしい変化と発展 日進月歩なアレルギー医療
先生

 海老澤 先生 ︙アレルギー疾患が問題になり始めたのは第二次世界大戦後であり、1951年に世界アレルギー機構(WAO)が創立され、翌年に日本アレルギー学会がスタートしました。1960年代には花粉症が報告され、高度経済成長期の大気汚染により小児喘息が増加。1970年代にはアトピー性皮膚炎、1980年代には食物アレルギー、そして1990年代にアナフィラキシーが問題となるなど、アレルギー疾患は社会の近代化に伴い増加し続けています。

 佐藤 先生 ︙私が相模原病院で働き始めた16年前、紹介患者さんの多くが乳児期の重症なアトピー性皮膚炎や喘息発作の患者さんでしたが、最近はものすごく減りました。代わりに食物アレルギーの患者さんが急増するなど、ここ10年ほどでアレルギー疾患構造の変化が起きていることを実感しています。

 海老澤 先生 ︙現在の「非常識」がひと昔前は「常識」とされていました。20年ほど前は“赤ちゃんに湿疹ができるのは当たり前”といわれアトピー性皮膚炎が放置され、重症化することも多かった。

 佐藤 先生 ︙ガイドラインができたことで、アレルギーが専門ではない先生にも治療や管理ができるようになり、アトピー性皮膚炎や気管支喘息の重症な患者さんは減りましたよね。

 海老澤 先生 ︙生物学的製剤といった新薬の登場もこの大きな要因です。食物アレルギーに対する生物学的製剤の治験も始まっているので、今後は食物アレルギーの診療、管理も劇的に変わってくると思います。

 佐藤 先生 ︙例えば、10年前にアレルギーの専門的な医療に携わっていた先生が、知識のアップデートがされないまま診療を続けていると、今私たちがやっている最新の治療や管理とは全く違う診療になってしまうと思います。それほど目まぐるしく変化しています。

 海老澤 先生 ︙食物アレルギーでは、健康食品として需要が高いクルミによるものが最近非常に増えています。現在、加工食品などにはアレルゲンを含む卵、牛乳、小麦など特定原材料7品目が義務表示となっていますが、消費者庁でクルミも「推奨」から義務表示にする動きが進んでいます。また、2005年には、アナフィラキシー反応に対して、小児への自己注射ができるエピペンⓇ(アドレナリン自己注射薬)が適応されましたが、針に抵抗がある人も多く、現在は注射器や針を使わない方法の開発も始まっています。

 佐藤 先生 ︙医療の中でもアレルギー分野は日進月歩であり、現在はまさにアレルギー医療の変革の時代といっていいでしょう。

アレルギー医療の均てん化と診療科別から“ Total Allergist ”へ

 海老澤 先生 ︙どの診療科もそうですが、アレルギー分野に携わる医師は特に知識のアップデートが必要です。相模原病院は2017年に「アレルギー中心拠点病院」に指定されるなど、日本のアレルギー疾患の最重要拠点として診療、研究、教育研修の中心的役割を担っています。私は、世界アレルギー機構の理事長でもあるため、常に世界の最先端の情報に携われる恵まれた環境にいます。日本では昔から研究が盛んで、アレルギー反応に重要なIgE抗体は、約半世紀前に石坂公成・照子ご夫妻によって発見されました。日本アレルギー学会は国単位では世界最大で、内科・小児科・皮膚科・耳鼻咽喉科・基本領域の医師が構成メンバーである点も特徴的です。

 佐藤 先生 ︙日本ではアレルギー医療に地域格差があるため、国の施策により2017年から各都道府県に拠点病院が設置されるなどアレルギー医療の均てん化に向けた取り組みが行われています。その全国の中心拠点が当院です。拠点病院の中には患者さんの受け入れや専門性の高い検査が十分にできていない施設もあり、人材育成が大切であると感じています。

 海老澤 先生 ︙一番つらいのは患者さんご自身ですが、対応できる医師がいなければ診療体制を維持することはできません。

 佐藤 先生 ︙相模原病院では、全国のアレルギー専門医に向けた「相模原臨床アレルギーセミナー」を開催しています。また、小児・成人の総合アレルギー診療の基礎を学ぶ研修プログラムを用意し、全国はもとより海外からも研修生を受け入れています。参加者は皆さん意欲的に学んでいます。

 海老澤 先生 ︙アレルギー疾患は全身の臓器にわたって多種多様な症状を引き起こすため、小児科領域では「アレルギー科」として全身を診ています。ところが、成人のアレルギーは内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、眼科と縦割りで診療していることが課題であり、小児科のように領域横断的な“Total Allergist”として活躍できる体制作りも必要です。日本の成人アレルギーの診療体系はとても不便ですね。

 佐藤 先生 ︙小児期のアレルギーは成人になるにつれ多くの患者さんが治っていきますが、治らない患者さんも一定の割合でいます。小児科をいつ卒業するのかも課題ですし、成人は診療科ごとに病院を替えなければならないことも。大学進学で別の土地に行った際に適切な診療を受けられず、治療が途絶えてしまうケースも現実としてあります。

 海老澤 先生 ︙私が米国留学で学んだ「食物経口負荷試験」を日本に普及させる取り組みを始めた当初、国内で試験ができる施設はわずかでした。2006 年に保険適応が実現できたので、現在は全国で300施設以上と大きく普及しています。アレルギーの成人領域でも、しっかり診療報酬がつくような体制作りを目指すことが、課題解決につながると思います。それに対し現在尽力しているところです。

ニーズが高く、やりがいも大きい日常診療に嬉しさと幸せがある
先生

 佐藤 先生 ︙同じ内科でも臓器別のがん治療のようにすぐに手応えを得やすい治療がアレルギー分野には少なく、長期にわたって対応するため地味なイメージを持っている人が多い(笑)。そのせいか、アレルギー専門医をサブスペシャルティにする先生は多くないと聞いています。アレルギー疾患では薬剤による対症療法で治療できますが、原因となっているアレルゲンを特定して、うまくアレルゲンを回避することが本来の治療であり、珍しいアレルゲンを持っている人がいたり、成人の場合は原因の特定が難しい場合があったりするなど、臨床も研究もとても奥深い分野なんです。

 海老澤 先生 ︙アレルギー疾患の患者さんは年々増え続けており、アレルギー専門医は社会から非常に必要とされているのにまだまだ足りていません。今後ますます重要な存在となるはずです。依然として未知なことがたくさんあり、探究心がかき立てられる非常にやりがいのある分野ですね。患者さんとのつながりが強い分野でもあるため、医師として嬉しい成果も多く経験できる。まだ「食物経口負荷試験」が全国に普及していない時代に、札幌から飛行機で通って来ていた小児患者さんが私の姿に感化されて医師を目指したり、看護師など医療関係の仕事に就く人も多くいます。

 佐藤 先生 ︙小さいときからの付き合いになるので、高校生になると進路相談をされることもあります。最近では、アレルゲン除去食が必要な息子さんにお嫁さんが来てくれるのか、ずっと心配されていたお母さんがいたのですが、息子さんが結婚されたと聞いたときは嬉しかったですね。そういった日々の診療で、嬉しさや幸せを感じることもたくさんあります。

 海老澤 先生 ︙保護者の方も最初はノイローゼ気味でお子さんを連れてきて、症状が良くなると徐々に表情も明るくなり、治ったときに「診療は終わりです」と伝えると、「もう来ちゃいけないんですか」と寂しそうにされたり(笑)。回復の嬉しさと、信頼されている嬉しさがある。医師として幸せなことですね。

多くの女性医師が活躍目の前に大きく広がる可能性
先生

 佐藤 先生 ︙アレルギー科は出産、育児とライフイベントのある女性医師にとって働きやすい専門分野だと思います。現に私も2人の子育てと両立してきました。診療は外来中心ですし、他のサブスペシャルティ領域とも両立しながら専門性を維持しやすい。今、小児アレルギー領域の学会などで活躍している女性医師がとても多いんです。

 海老澤 先生 ︙海外でもアレルギーに携わる女性医師の比率は上がっていますし、日本では「食物経口負荷試験」が先んじていることからも、国際学会での発表や論文執筆、研究などで活躍する女性医師も多くいます。

 佐藤 先生 ︙ロールモデルとなる女性医師がたくさんいますし、小児分野では保護者の方や子どもとのコミュニケーションなど、子育ての経験が日頃の診療に大きく生かされます。診療も研究も続けやすく、高い専門性を持ちながら子育てもしたい人にとって、アレルギー分野はおすすめです。それに相模原病院では、自分たちの診療実績をエビデンスとして提供することで国の施策を決定づけ、ガイドラインを作る側にもなれる。

 海老澤 先生 ︙若い先生方には、現状のガイドラインに頼りきることなく、「自分がガイドラインを作るんだ!」という気概を持ってほしいですね。自分の成長だけではなく、医療の進歩にもつながっていくはずです。

 佐藤 先生 ︙海外の医師らと研究することも多いですが、「食物経口負荷試験」ができることが当たり前の感覚で話をしていると、「ドイツでその試験ができるのは20施設くらい」と言われ、改めて日本は恵まれている研究環境なのだと気付きました。日本の外に出ることで新たな発見もあり、こうした体験は何かをチャレンジするきっかけにもなります。

 海老澤 先生 ︙自分たちのアレルギー診療や研究は世界ではどう見られているのか。国内の情報しか知らないと、素晴らしい臨床や研究をしていても世界に向けてきちんと情報発信できません。

 佐藤 先生 ︙卒後5年目くらいは手技や診療ができることが楽しい時期なので、同じ専門科で突き進む先生もいますが、同じことを繰り返す日々となり、やがて飽きが来てしまう。それを打破するためにも、海外留学や国際学会での発表など、普段と異なる視点を持つ機会は必要だと思います。

 海老澤 先生 ︙そうですね。国際的に活躍するためには、英語力は必要です。論文を書くことはもちろん、海外の研究者らと切磋琢磨していくためには言葉が大切であり、国際的に認められるためには学術以外のコミュニケーションも非常に重要です。

 佐藤 先生 ︙アレルギー分野は領域が広く、個別性も高いため患者さん一人一人の原因を追究するなど常に新鮮な気持ちで診療できる、飽きることのない分野。発症予防や管理しても良くならない患者さんたちの治療やガイドラインの検証など、アレルギー分野にはまだまだやらなければならないことがたくさんあり、興味は尽きませんね。

 海老澤 先生 ︙アレルギー分野は患者さんが増え続けており、いまだ多くのアレルギー疾患は完治が難しく、予防法も確立されていないなど大きな可能性に満ちています。奥深いこの分野にぜひ一緒に挑んでみませんか。

※ドクターズマガジン2022年4月号に掲載されました。

海老澤 元宏、佐藤 さくら

【Cross Talk】スペシャル対談:アレルギー編

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