記事・インタビュー

2022.08.03

【徳洲会でケアミックス?その働き方や地域での役割はどうなのか?】竹内 信一院長・佐藤 猛副院長インタビュー

仙台徳洲会
「生命だけは平等だ」の理念のもと、全国に71の医療機関を展開している徳洲会グループ。今回は1891年の創設以来、130年以上にわたって安房(千葉県南部)地域の医療を支えてきた館山病院の新築リニューアルに伴い、竹内院長先生、佐藤副院長先生にご自身のキャリアや新病院への想い、「館山」という地域での「ライフスタイル」についてお話を伺いました。

<お話を伺った先生>

竹内 信一

竹内 信一(たけうち・しんいち)
所属先:医療法人徳洲会 館山病院 院長
1974年に東京医科歯科大学医学部を卒業し、同大学付属病院泌尿器科に入局。
春日部市立病院、埼玉県立がんセンター勤務を経て、東京医科歯科大学医学部泌尿器科 文部教官助手に就任。
その後、埼玉医科大学、東京医科歯科大学医学部、石心会狭山病院、埼玉医科大学総合医療センター、国家公務員等共済組合連合会九段坂病院、総合病院取手協同病院などの病院勤務を経て、2002年7月に館山病院に赴任。2012年年5月に同病院院長に就任。座右の銘は「為せば成る」。

Q:まずは先生ご自身のことをお伺いします。竹内先生が医師を目指したきっかけを教えてください。
竹内 信一院長

私自身、子供の頃から病気がちだったこと、中学生の頃に読んだシュバイツアー博士の伝記の影響を受けたことがきっかけです。大学は東京医科歯科大学に進んだのですが、当時はちょうど大学紛争の真っただ中で、教養部ではほとんど授業を受けることができなかったですね。あと、当時の医科歯科大は、スポーツも強く、私も水泳部に入って、東医体の理事も務めました。勉強とスポーツに加えて、遊びにも一生懸命だったことを思い出します。

Q:泌尿器科を選ばれたのはなぜですか。

4月に卒業できなかったので、内科と外科は入ることができず、関連病院の関係で整形外科と泌尿器科しか選択肢はありませんでした。
整形外科には数多くの人が入ったので、消去法で泌尿器科を選んだのが本当のところです。
当時、泌尿器科と言えば皮膚泌尿器科で、性病のイメージが強かったのですが、実際、入ってみて驚きました。頭のてっぺんからつま先まで、身体全ての部位の知識が必要な分野だったのです。
少し前まで看護学校で講義をしていたのですが、そこでも「泌尿器科は尿路疾患から男性生殖器系、女性の骨盤疾患まで、広い領域を扱うのだから、馬鹿にしちゃいけないよ」と伝えています。
大学病院には半年ほどいて、すぐに大学の恩師の同級生がいる春日部市立病院の泌尿器科で2年間勤務しました。その2年間で、例えば患者さんと接する時は、自分の親や子どもが病気になったと思って接するなど、医者としての心構えを叩き込まれました。その経験が40年経った今もなお活かされています。

Q:館山病院に赴任され、院長になったのはいつですか。
竹内 信一

2002年7月です。泌尿器科医として勤務していたのですが、2012年、当時の院長が後継者を育てる間もなく脳卒中で倒れ、それがきっかけで経営不振になってしまったのです。このままでは病院が立ち行かなくなると、当時の看護部長たちから「何とか存続させて欲しい」と頼まれました。いろいろと考えた結果、医科歯科大時代の恩師で、当時徳洲会副理事長でした安富祖久明先生(徳洲会3代目理事長)に連絡し、一緒にやろうということになりました。

Q:徳洲会に入ることを決めた際、反発はなかったのですか。
館山病院

特にありませんでした。私はもちろん、みんな何より病院の存続が第一だと考えていました。地域医療を支える医療機関としてはもちろんですが、300人近い職員を抱える一つの企業として、家族も含めて1000人以上の人たちを路頭に迷わすわけにはいきません。私が院長になって10年以上経ちますが、その前の10年間で7人院長が替わっています。みんな自分が院長になりたいと言ってなったものの、長くは続かず職員や地域の方を不安にさせてしまいました。私個人の考えですが、安定して病院を長く続けるためには、自分から手を挙げる人ではなく、まわりからトップに立ってほしいと言われる人がトップに立つべきだと考えています。私も慢心せぬよう、また地域の方を不安にさせないよう今いるスタッフと頑張っています。

Q:このほど新築移転されたそうですが、新病院の概要を教えてください。
館山病院

「海と山のリゾートホスピタル」をキーワードに、豊かな自然を感じるホスピタリティと機動力を備えたケアミックス病院を目指しました。地上5階建てで、外観は館山湾からの風を受け流す曲面を活かしたデザインとしており、人々を優しく迎えるリゾートホテルのようなイメージです。新築するに当たっては、5つのコンセプトを掲げました。まず一つ目は「中規模」「地域密着型」「ケアミックス」病院として機動力を発揮できる病院。二つ目はリハビリテーションを核として「急性期・回復期・慢性期医療」の診療体制を整備、外科(整形外科、脳神経外科、泌尿器科)の手術対応を強化し、二次救急医療の信頼を構築。三つ目は災害時に対応できる病院。四つ目は病院と在宅医療、介護との関係強化を推進。五つ目は地域に愛され、地域になくてはならない病院です。

Q:新病院でこだわったこと、特に力を入れたのはどんなことですか。
竹内 信一

新病院には職員の要望やアイデアをたくさん取り入れました。特に力を入れたのがリハビリテーションです。安房地域全体の高齢化率は40%を超えており、自立した生活を送るためにもリハビリは重要です。新病院ではリハビリ室の他に、屋外でもリハビリ取り組めるように「リハビリ庭園」を設けました。5階には病院の外周に沿うように、1周250mの「リハビリスカイウォーク」を設置し、天気が良ければ富士山を眺めながらリハビリを行うことができます。また、2023年度を目標に回復期リハビリ病棟を開設する予定で、2024年には敷地内に介護老人保健施設を開設する計画です。災害に強い病院としたのも大きな特徴です。旧病院は海抜5mに満たない場所だったので、東日本大震災の際には怖い思いをしました。新病院は海抜10m超の高台に建っており、インフラ関連設備は全て最上階に配置し、地域の方々が避難できるスペースも設けています。

Q:新病院で活躍して欲しい医師や一緒に働きたい医師はどのような方ですか?
館山病院

まず消化器系ではERCPなど上部の内視鏡検査ができる方に来ていただきたいです。また、開設する回復期リハビリ病棟で活躍していただく脳外科医、整形外科医が必要ですし、将来を見据え、インターベンションをやる設備は作っていますので、循環器内科の先生に来ていただけると助かります。
さらに今後この地域では、入院透析が必要となる方が増えることを見越して、今回、透析ベッドを10床から25床に増床しました。そのため、PTAなど血管内治療のスキルがあり入院透析患者様に対応できる方に来ていただきたいです。
もちろん、高齢者が多い地域ですし、専門に特化した病院ではないので、ジェネラルに内科の疾患を診れる先生はいつでもウエルカムです。

Q:貴院ではどんな働き方ができますか。また、館山の魅力を教えてください。
竹内 信一

ケアミックス病院なので、多種多様な働き方が可能です。一人ひとりが自分で考えて、自分のスタイルで働いて欲しいですね。館山市は千葉・房総半島の南部に位置し、年間平均気温16度以上と温暖な土地です。自然に恵まれていて、オフにはサーフィンなどのマリンスポーツや釣りが楽しめます。当院の職員の中にもサーフィンが趣味でこちらに来た人もいます。近くにはゴルフ場も多いですよ。もともとは別荘だった住宅など、広くて手頃な一戸建て物件が多くあり、住環境も充実しています。地域になくてはならない病院を目指す当院の一員となって活躍いただく方をお待ちしています。

<お話を伺った先生>

佐藤 猛

佐藤 猛(さとう・たけし)
所属先:医療法人徳洲会 館山病院 副院長
1986年に東京医科大学を卒業し、同大学臨床検査教室に入局。
厚生中央病院循環器内科で研修し、1988年4月に同教室助手に就任。
1993年5月に館山病院に入職し、内科医として診療に携わった後、2003年4月に医療法人光洋会三芳病院内科に勤務。
その後、みよしクリニック院長を経て、2011年8月に館山病院に入職し、2013年7月に同病院の副院長に就任。座右の銘は「愚直」。内科・臨床検査専門医、臨床検査管理医、人間ドック健診専門医

Q:続きまして、佐藤副院長のインタビューとなります。まずは先生のこれまでのご経歴を教えてください。
佐藤 猛副院長

私は静岡県出身で、父親が開業医だったこともあって医師を志し、1986年に東京医科大学を卒業しました。東京医大は血友病の研究でも有名で、当時社会問題になっていた血液製剤によるHIVの研究に力を入れていたことから、臨床検査室に入局して、HIVに関する研究や治験に携わりました。その後、研究を続けながら様々な医療機関で当直などの診療を経験するうちに、現場に対応するためにはやはり臨床経験も必要だと考え、臨床に軸を置くようになりました。

Q:館山病院に入職したきっかけを教えてください。
佐藤 猛副院長

館山病院に入職したのは、知り合いの先生に手伝ってくれないかと言われたのがきっかけです。実際に館山に来てみると、自然が豊かで、それまで住んでいた東京・新宿よりもはるかに住みやすく、自分に合っている環境だと感じました。そして、館山病院で内科医として約10年間勤務した後、館山市にある三芳病院とみよしクリニックで約10年間勤務し、2011年に館山病院に戻ってきて2022年で12年目になります。現在は副院長として病院の管理業務に携わると共に、内科医として外来、病棟管理に携わっています。

Q:貴院はこのほど、新築移転されましたが、新病院開設に伴って力を入れたこと、佐藤先生のおすすめポイントを教えてください。
館山病院

高齢化が進む地域のニーズに応えるために、特にリハビリテーションに力を入れました。リハビリ室を旧病院の約2倍の広さにしたほか、屋外でもリハビリに取り組むことができるように、5階には病院の外周に沿って1周250mのリハビリスカイウォークを設けています。個人的におすすめポイントは屋上からの景色です。特に館山湾に沈む夕陽は見事ですし、屋上から見る館山の花火大会は格別です。ここ数年間は、コロナのために大会は中止になっていましたが、2022年は開催される予定なので、患者さんや職員、家族と一緒に見ることを、今から楽しみにしています。とても広い病院なので、普通に勤務していても一日1万歩は歩くので、健康にもいいのもおすすめポイントです(笑)。

Q:先生ご自身、いくつかの医療機関を経て館山病院に入職されたとのことですが、セカンドキャリアを考えている方にとって、館山病院の魅力を教えてください。
館山病院

時間に追われることなく、プライベートも大切にしながら、ゆとりを持って働くことができるのが魅力です。これまで忙しく働いてきてちょっと疲れたので、これからはもう少しゆったりと診療に取り組みたいとか、QOLを大事にしたい先生にもおすすめです。また、医局には全国の様々な大学出身の先生方が集まってきており、派閥は一切ありません。そして、どの大学出身の先生も受け入れて、それぞれのバックグラウンドや考え方を尊重する風土があります。

Q:貴院で求めている医師、また貴院ではどのような働き方ができますか。
館山病院

地域に密着して活躍していただきたいと考えていますが、必ずしも病院の近くに住む必要はありません。現在活躍中の先生の中にも、都内から通っている先生や、月曜日から金曜日まで働いて土日に都内や近郊の自宅に帰り、月曜日にまた戻ってきて働いている先生もいます。いろんなパターンの先生がいますので、こんな働き方がしたいというご希望があれば、気軽にご相談ください。新病院として新たなスタートを切った当院で、私たちと一緒に地域医療に取り組んでいただく方をお待ちしています。

最後、民間医局コネクト取材担当者より

竹内信一院長、佐藤猛副院長を取材し、地域や職員を愛していると強く実感した。
歴代の院長やスタッフの想いを繋ぐこと、職員を守る、というあるべき姿を、パワフルで豪快さのあるお話しの中からも節々に感じることが出来た。また同時に同じ志を掲げている徳洲会グループになり、病院新設も行ったことで、さらに働きやすくなったことは容易に想像できる。
また、院長・副院長とも大学病院から縁あって徳洲会グループ病院となり、とても生き生きと仕事されている姿は、他の転職を考えている先生らもキャリアの参考になるのではないかと感じた。
関東に居ることを忘れさせてくれる常夏館山で勤務を考えられている方は、下記から直接問い合わせしていただくか、民間医局までご連絡ください。

館山病院では一緒に働いてくれる医師を募集しています。
徳洲会館山病院外観

〒294-0045 千葉県館山市北条520
TEL:0470-22-1122(代表)

竹内 信一・佐藤 猛

【徳洲会でケアミックス?その働き方や地域での役割はどうなのか?】竹内 信一院長・佐藤 猛副院長インタビュー

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