記事・インタビュー
高齢化に伴い総合診療医のニーズが年々高まっていることに加えて、COVID-19の感染拡大によってかかりつけ医の役割が見直されている。
すでにGeneral Practitioner(GP:総合診療医)が社会に根付いている海外では、どのような医療が展開されているのか。
今回の対談企画では、イギリスとオーストラリアでそれぞれGPの資格を取得し、現在は日本で総合診療に携わる佐々江龍一郎氏とレニック・ニコラス氏の対談を実施。
ダブルライセンスを有する二人ならではの視点で、日本がこれから目指すべき総合診療医のヒントを探る。
<お話を伺った方>
レニック・ニコラス
2011年にオーストラリア シドニー大学教養学部(日本語専攻)を卒業し、同大医学部を2015年に卒業。
ホーンズビー病院、モナベール病院、ネリンガ病院での研修を経て、GPの専門医資格を取得。2020年1月に日本に移住し、同年2月に日本の医師免許を取得。
2020年4月からNTT東日本関東病院総合診療科・国際診療科に勤務。
Twitterでは約6万5000人のフォロワーに向けて医療情報を発信している。
<お話を伺った方>
佐々江 龍一郎(ささえ・りゅういちろう)
2005年ノッティンガム大学医学部卒業。
イギリスでGPの専門医を取得し、キングスミル病院、ピルグリム病院、テームズミードヘルスセンター、ウエスト4家庭医療クリニックなど、イギリス内の医療機関で約10年間GPとして活躍。
2016年に日本の医師免許を取得し、帰国。2017年からNTT東日本関東病院総合診療科・国際診療科に勤務。
民間医局コネクトで「イギリスで家庭医として働く」の記事を掲載しているほか、m3.comで医療者に向けて「佐々江龍一郎の『英国GP、日本に戻る』」を連載中。
海外GP(General Practitioner) から見た日本の医療、これからの総合診療医の在り方とは
患者にとって頼れる存在、GPが医療の中心を担う
佐々江 先生 ︙GP(総合診療医)について、日本では一般内科と誤解されることが多いですが、その役割は全く違います。内科だけでなく、例えば膝の痛み、妊婦の診察、湿疹やメンタルヘルス……など、GPが診療する疾患は多岐にわたります。
レニック 先生 ︙各診療科への「振り分け専門医」のように思われがちですが、オーストラリアでは、専門の知識や技術がなければできない治療以外、約9割はGPが治療を行います。GPが医療の中心的な役割を担っているのです。
佐々江 先生 ︙イギリスは日本のように病院がフリーアクセスではないので、まずはGPを受診することが制度化されています。継続した診療によって信頼関係が築けるので、ある世論調査ではGPが「最も信頼される職種」として選ばれ続けています。
レニック 先生 ︙患者さんに対する責任者というイメージですよね。0歳児から高齢者まで、ほとんどの医療ニーズにGPが対応しています。私はオーストラリアに30年間住んでいましたが、GP以外の医師に診てもらったことはないんです。
佐々江 先生 ︙だからGPを目指す医師も多いですよね。イギリスでは全体の3〜4割がGPになります。患者さんの人生に寄り添い、最後まで診る。年齢や臓器を問わずに診
療ができるのは、GPの魅力です。
レニック 先生 ︙そうですね。私がGPになろうと思ったのも、日々の診療で次から次へといろいろな患者さんを診られるから。もちろんその分、幅広く勉強しなければなりませんが、バラエティーに富んでいて面白いなと。
佐々江 先生 ︙疾患を広い視点で捉える一方で、GPに求められるのは「これは危ない」と的確にリスク評価できる能力です。ただ、その見極めは簡単ではありません。Common Diseaseの中に危ない疾患が隠れていることもあるので、それを問診や臨床技術で見抜く力が必要なのです。
レニック 先生 ︙私が日本に来て驚いたのは検査数の多さ。診断を検査に頼れるので楽だなと思う半面、そうした環境に慣れてしまうと、検査機器が使えない状況になったときに診断ができなくなってしまう恐れもありますよね。
佐々江 先生 ︙そう思います。検査が当たり前になっていると、危ない疾患を見極めるための思考プロセスが使われなくなってしまう。神経症状があるか、嘔吐があるか、発熱があるか、症状から危険度を見極める能力は、普段の診察でトレーニングしながら積み上げていくもの。日常的にそうした思考を持って診断していくことが大切だと思います。
レニック 先生 ︙それがGPの得意分野であり、専門性ですよね。
疾患を包括的に診るGP、COVID-19 禍で高まるニーズ
佐々江 先生 ︙日本でも2018年に総合診療専門医が認定されるなど、以前に比べてその重要性が浸透してきているのではないでしょうか。特にCOVID-19の感染拡大を受けて、さらにニーズが高まっているのを感じます。COVID-19対応では、各国の医療体制の違いやそれぞれの強み、弱みが見えてきましたよね。
レニック 先生 ︙オーストラリア政府は全ての保険診療を電話で行ってよいという方針を決め、実際に99%のGPが電話診療を提供しました。
佐々江 先生 ︙イギリスでもGPを地域に多く配置していたことが有利に働いたようです。GPが軽症のCOVID-19患者の自宅管理を行い、重症患者は病院へ。初期段階から明確に機能分担されていました。
レニック 先生 ︙どちらの国でもGPがCOVID-19診療に大きく関わっていますね。
佐々江 先生 ︙ええ。一方、日本ではCOVID-19患者を受け入れできないクリニックも多くありました。日本の場合、一人一人の医師は非常に質の高い医療を実践しているのですが、診療科が臓器別に縦割りされていて「これは自分の専門ではない」と簡単に言えてしまう。そうした構造的なもろさが、COVID-19によって表面化したのではないでしょうか。
レニック 先生 ︙COVID-19も含めた幅広い疾患に対応するためには、総合診療医として全身を包括的に診るトレーニングが必要ですよね。私が日本と海外のGPの役割で、大きな違いを感じたのはメンタルヘルスの診療でした。
佐々江 先生 ︙たしかに日本ではメンタルヘルスは特殊な領域として扱われていますね。手を出せないと考えている医師も多いと思います。
レニック 先生 ︙海外ではうつ病や不安症などは、Common DiseaseとしてGPが診るのが当たり前。メンタルヘルスが身体疾患に関係していることも少なくないため、そこだけは精神科にお願いするというのでは治療が難しいのです。
佐々江 先生 ︙私も日本に来て困ったのが、地域のかかりつけクリニックに継続診療をお願いする際に、例えばそこで精神科の処方ができるのか、皮膚科の処方ができるのかが分からないことでした。クリニックによってできる診療に違いがあるため迷ってしまいます。
レニック 先生 ︙今後、疾患を横断的に診る総合診療医が、地域の中でかかりつけ医としての機能を果たし、標準的な診療を提供できるようになることが大切だと思います。
実践重視のトレーニングで、あらゆる疾患に対応する
レニック 先生 ︙オーストラリアでもイギリスでも、医師の教育はCommon Disease を診られるようになることを前提に、プラスアルファで専門科を学びます。まずは総合診療医として自立することが目的とされているんです。
佐々江 先生 ︙私もレニック先生も海外でGPの資格を取得してから日本の医師国家試験を受けましたが、日本の試験問題はかなり難しかったですよね。
レニック 先生 ︙はい。とても苦労しました(笑)。まれな疾患の知識や画像診断のスキルについては、日本の医師の方が格段に高いと感じます。一方、オーストラリアで問われるのは実践力。そのため試験に合格できれば、その日からでも医師として働けます。
佐々江 先生 ︙医療者として安全に診療ができるかどうかが重視されていますよね。だからペーパーテストよりも実技試験の方が難しい。
レニック 先生 ︙オーストラリアにいたときは、日曜はクリニックに医師が私しかいませんでしたが、外傷で出血のある患者さんや心筋梗塞で胸痛を訴える患者さんが来ても全て一人で対応していました。
佐々江 先生 ︙私がGPのトレーニングで印象に残っているのは、患者さんとのコミュニケーションについて厳しく指導されたこと。診察の様子を撮影して指導医と一緒に振り返るのですが、「患者さんが目をそらしているから、もしかしたら他に言いたいことがあったのかもしれない」「ここはもう少し詳しく話を聞いた方がいい」と、とにかく細かかった (笑)。
レニック 先生 ︙佐々江先生は、これから日本で総合診療医を育てていくには何が必要だと思いますか。
佐々江 先生 ︙病院だけでなく地域全体で育成に取り組むことが重要だと思います。大きな病院では縦割りの診療科によって垣根を越えて総合診療医を育てるのが難しいですし、かといって幅広く疾患を診られる中小病院では人材育成のための人手が足りません。
レニック 先生 ︙現場頼みで育成していくには限界がありますよね。
佐々江 先生 ︙日本でも藤田医科大学のように、複数の医療施設が連携して総合診療プログラムを運営しているところもありますし、例えば区や市の単位で病院やクリニックが連携をとって育成していく方法など、地域ごとに工夫すれば充実した教育体制を整えることができるはずです。
海外のGP制度を基に、日本オリジナルのガイドラインを
佐々江 先生 ︙日本でも徐々に総合診療医が増えてきていますが、なかなか数が増えない要因の一つに総合診療医としての将来像が描きづらいことがあると思います。
レニック 先生 ︙大きな壁は医療保険制度ですよね。診察時間よりも検査が重視されている現行の制度では、総合診療医が開業したとしてもやっていけない。オーストラリアでは通常の再診料は3100円で、診察時間によって加算されます。日本では時間にかかわらず730円ですから、その分、できるだけ多くの患者さんを診なければなりません。
佐々江 先生 ︙一人一人の診察に時間をかける総合診療は、どうしても非効率になってしまいますよね。
レニック 先生 ︙よく海外のGP制度の話をすると「日本には当てはまらない」と言われてしまうのですが、それは本当にその通り。実はオーストラリア、イギリス、アメリカでもそれぞれ違いがあります。ですから海外のやり方をそのまま真似するのではなく、日本オリジナルのガイドラインを模索していけばよいと思います。
佐々江 先生 ︙そうですね。日本でもこれから総合診療医の役割がさらに拡大していくのは間違いありませんから、医療保険制度を変えることも含めてガイドラインを作っていくことが重要ですよね。私は講演や医療情報サイトでの連載などを通じて、イギリスでの経験を発信しながら、少しでも日本の医療のために貢献できればと考えています。
レニック 先生 ︙日本はどうしても英語圏の国々との間に情報の壁ができてしまいます。それは海外から日本に来る医師が極端に少ないからなんです。特に総合診療の分野は少ない。だから私が当たり前に思っていることでも、日本では驚かれることがたくさんあります。今後も日本の医師たちの役に立つように、海外からの視点を生かして情報を発信していきたいです。
佐々江 先生 ︙総合診療医を目指す人がもっと増えていってほしいですよね。
レニック 先生 ︙はい。総合診療医の魅力は、患者さんにとっての最終責任者になれるところ。コロナ禍においては患者さんがたらい回しにされ、診療が受けられない問題が発生しましたが、診療を断るのは医師にとってもつらいものです。総合診療医はどんな疾患でも「私が対応します」と答えられますし、たとえ自分ではできない治療であっても解決策を探してあげることができる。そこに医師としての充実感があります。
佐々江 先生 ︙患者さんの気持ちを受け止めて、不安を解消する。それによって深い信頼関係を築くことができますし、なにより患者さんに喜ばれる仕事ですよね。その魅力を知って、ぜひ若い人たちにもチャレンジしてもらいたいと思います。
レニック・ニコラス、佐々江 龍一郎
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