記事・インタビュー
薩摩川内市下甑手打診療所所長
齋藤 学
皆さん、あけましておめでとうございます。鹿児島県の西の沖に浮かぶ下甑島の手打診療所より、離島での日々の出来事をお届け致します。今回は、お正月号にちなんで、ちょっとおめでたい話から始めてみようと思います。
「診療所でカップル誕生!」


「畑に行ったら穴が開いていて、そこに落ちた時に左足がバキッて音がしたのよ」と、左足を引きずりながらご年配の女性が診察室にやってきました。どうもアキレス腱のところが凹んでおり、エコーで見てもそこが黒くなっていて、これは切れているに違いありません。「あー、アキレス腱が切れちゃったようですね」。私の声を聞いた看護師さんが、「アキレス腱かあ、私も昔切っちゃって、ここで縫ってもらったわ」とニコニコ笑いながら歩いてきました。するともう一人の看護師さんが、「私の旦那もここで縫ったの」、そしてもう一人も、「うちの旦那も~」。どうやら旦那さんがアキレス腱を切って入院している間に恋が芽生え、手打診療所から二組のカップルが誕生していたようなんです。アキレス腱も男女の絆も、この診療所でつながったというわけですね(笑)。さてアキレス腱断裂とみられる女性ですが、「今から紹介状を書くので、本土の病院で手術をして治してきてくださいね」と伝え、朝一番のフェリーに間に合うよう、急いで紹介状を書き上げました。すると看護師さんがけげんな顔をして、「齋藤先生、縫わないの? まあ、その後のリハビリが大変かあ。昔はここで手術をして、その後は砂浜に行って歩いてこい! なんて言われていたけどね」。
「医者の実力によって島の医療が変わる?」
診療所の屋上から見える風景
診療所の屋上から見える風景その日はずっとアキレス腱のことを考えていました。離島で診療していると「できないから、やらなくていいのか?」、「できるけど、やっていいのか?」、しばしばこの疑問にぶち当たります。一昔前のオーストラリアでこんな事件がありました。「自分は何でもできる外科医だから、ここでできる手術をやってしまおう」と意気込んで、とある町に乗り込んでいった医師がいました。しかし悲しいことに、手術が原因で命を落とす患者さんが続出してしまいました。紹介できる総合病院も近隣にあったのですが。そして、その医師は裁判の結果有罪となりました。2000年の初めごろのことなので、それほど昔の話ではありません。この事件を機に、クイーンズランド州が、地域の規模と医療サービスが釣り合うようなルールを作りました。診療所や病院が担う医療の範囲をレベル1から6まで分類し、レベルに応じて可能な医療サービスを決めたのです。このルールにより、医師の技量や実力に左右されず、レベルの同じ病院では提供される医療の範囲が同等になります。結果として、危険な医療から地域住民を守ることができ、同時に、地域に必要とされる最低限の医療も守られるようになったのです。
「自分の住む地域で医療を受けたい」
では、われわれにもこうしたルールが必要なのでしょうか。徐脈になってペースメーカーが必要になったおばあさんがいました。ヘリコプターに乗れば、20分もかからず鹿児島本土に到着します。そして今の技術ならばペースメーカーを取り付け後、すぐ島に帰ってこられるのです。しかし、そのおばあさんにとっては、ヘリコプターに乗ることも、本土に渡ることも、初めて。ひょっとしたら海外に行くくらいの決心だったかもしれません。島外搬送に納得してもらうまでに、2日間を要しました。われわれも肝を冷やしましたが、おばあさんはもっと冷や汗をかいたに違いありません。Dr. コトーのモデルとなった瀬戸上健二郎先生の言葉が思い出されます。「島の人々にとって、ここは離島でもなければへき地でもありません。かけがえのない故郷なのです。島こそ全ての中心であり、世界の中心なのです」。目下のところ必要なのは、ルーラル・コンテクスト。地域の実情に合わせて働けるようになることだと実感しています。自分の守るべき地域で、必要な医療を模索する。今年の抱負です。
次回もここ下甑島でのエピソードをご紹介したいと思っています。何やら窓の外から若者たちの話し声がします。教えてあげようかなあ、「この診療所には縁結びの神がいるんですよ~」。
齋藤 学
2000年順天堂大学医学部卒業。千葉県総合病院国保旭中央病院で研修後、救急医として沖縄県浦添総合病院に勤務。その後、国内外の離島やへき地での修業を経て、へき地医療をサポートする合同会社ゲネプロを設立。2017年オーストラリアへき地医療学会とコラボしたRural Generalist ProgramJapanをスタート。2020年4月より薩摩川内市下甑手打診療所所長。同年8月、国内外のへき地視察をつづった『へき地医療をめぐる旅』(三輪書店)を上梓。
※ドクターズマガジン2021年1月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
齋藤 学
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