記事・インタビュー

2021.02.19

ちょっと離島まで①

薩摩川内市下甑手打診療所所長
齋藤 学

皆さん、こんにちは。今年の4月から鹿児島県の西の沖に浮かぶ下甑島の手打診療所所長を務めております齋藤学です。そうフジテレビのドラマ「Dr.コトー診療所」のモデルとなった島です。人口約2000人の静かな島ですが、日々の出来事はにぎやかです。これから半年間、甑島から離島医療にまつわるエピソードをご紹介できたらと思っております。

なぜ離島で働いているのか?

ちょっと離島まで
ちょっと離島まで

私は2000年に医学部を卒業して医師になりましたが、地域で働ける医師になることをずっと目指していました。しかしながら、当時は今と比べて総合診療プログラムなど数少なく、なんでも診られる医師になるには救急しかない、と思っていました。
生まれ故郷の千葉県旭市にある国保旭中央病院で初期研修を積み、1年間の麻酔科研修を経て、当時ドクターヘリの導入を目指していた沖縄県の浦添総合病院の門をたたきました。米軍のヘリコプターが毎日のように飛ぶ沖縄では、人々に少なからず「ヘリ・アレルギー」がありました。熱血上司の井上徹英先生は、「米軍のヘリが飛べて、人を救うヘリが飛べないとは何事だ!」と率先して拡声器を持ち、住民説明会をしていました。そのかいあって、いざドクターヘリが飛ぶようになってからは、毎日のように離島からの要請がありました。鹿児島県の南部にある与論島や沖永良部島、徳之島からの要請もありました。当時、フジテレビで「コード・ブルー」が放映されていたこともあり、「先生、ヘリに乗るんですね、かっこいい!」とよく言われたものでした(笑)。ある時、伊平屋島で働く医師から要請がありました。
「熱中症でけいれんしているので、挿管をしたところです。ドクターヘリをお願いします」。
島に着いてみると、患者は軽トラックの後ろに寝かされ、私と同年代の白衣を着た医師がバッグバルブマスクで換気をしています。話を伺うと、畑のど真ん中で挿管をし、ヘリを要請したようなのです。私たちは“辻ちゃん” と親しみを込めて呼んでいましたが、畑に立つ頼もしい“辻ちゃん” の白衣姿は、目に焼き付いて離れませんでした(辻ちゃんこと辻泰輔先生は、現在沖縄県立中部病院で小児科のエースとして活躍中です)。いつかは自分も離島医療にチャレンジしてみたい。そんな矢先、鹿児島県の徳之島で離島医療に挑むチャンスが訪れます。

離島でコテンパンにやられる

ちょっと離島まで
ちょっと離島まで

医師となって10年目、浦添総合病院で救急の責任者を務めていた私は、鹿児島県の徳之島徳洲会病院に勤務することになりました。徳之島は奄美大島の南にある人口約2万4000人の島です。きっかけは師匠、井上徹英先生の鶴の一声。「齋藤くん、離島に行って力試しをしてこい。離島こそが最大の総合診療だ」と。憧れていた離島医療に挑戦する時がついに来たのです。いざ乗り込んだ徳之島。青い空と青い海が広がる大自然に囲まれた島ですが、島民は情熱的で、闘牛や選挙では島中が盛り上がります。「徳之島こだから子宝空港」という愛称が空港に付いていて、3人兄弟、4人兄弟は当たり前です。ハブにかまれそうになった100歳のおばあさんが全速力で走って逃げたなんて話も聞かれました。人間らしくて、活気あふれる島。私は徳之島にほれ込んでしまいました。これを「島酔い」と言うそうです。そんな島で医師として役に立とうと必死に頑張りました。しかし、自己採点では30点。うーん、ひいき目でも40点。得意としていた内視鏡やペースメーカー挿入も、専門医の後ろ盾なしでは、一人大汗をかくばかり。予防医療が大事と口では言うものの、予防接種の意味すら理解していなかったことにまで気付かされます。惨敗でした。いつかはリベンジしたい。自分自身の弱点を正面から見つめることとなった私は、それを補強する修業に出ます。あれから10年。くしくも、また鹿児島の離島で医師をしているわけですね。修業中は、日々、驚きの連続でした。離島医療と一口に言っても、国内、海外、さまざまな形の医療、想像もしなかった医師の姿、本当に多様です。次回はそんな修業中のエピソードからお届けしようと思います。新連載コラム、「ちょっと離島まで」。どうぞお楽しみに!

齋藤 学

2000年順天堂大学医学部卒業。千葉県総合病院国保旭中央病院で研修後、救急医として沖縄県浦添総合病院に勤務。その後、国内外の離島やへき地での修業を経て、へき地医療をサポートする合同会社ゲネプロを設立。2017年オーストラリアへき地医療学会とコラボしたRural Generalist ProgramJapanをスタート。2020年4月より薩摩川内市下甑手打診療所所長。同年8月、国内外のへき地視察をつづった『へき地医療をめぐる旅』(三輪書店)を上梓。

※ドクターズマガジン2020年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。

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