記事・インタビュー
福井県北部に位置する永平寺町と、町内に附属病院および医学部キャンパスを構える福井大学が基本協定を締結し、2019年8月にオープンした永平寺町立在宅訪問診療所。
施設の建設費や運営費に関しては永平寺町が負担し、実際の運営や人材の派遣は福井大学医学部附属病院が行う、指定管理団体の形を取っているのが大きな特色です。
<お話を伺った先生>

楠川 加津子(くすかわ・かづこ)
永平寺町立在宅訪問診療所 所長
所属学会:日本プライマリ・ケア連合学会
Q:最初に、先生のご経歴についてご紹介ください

もともとは高知県出身で、地元にある高知大学を卒業しました。そのころは臨床研修がない時代で、卒業後は大学医局に入局するケースがほとんど。その中で一度は外を見てみたいと思い、奈良県にある病院で2年間ローテート研修に参加して外科や内科、救急科などを回らせていただきました。
次第に臓器別、科目別など縦割りで患者さんを診ていくことに違和感を抱くようになり、「専門じゃないから分からない」ということは言いたくはない、もっと患者さんに寄り添って相談に乗れるような医師になりたいという気持ちが強くなりました。また、学生時代、地元で自治医科大学の地域医療研修があり、同大学の先生たちと一緒に行った実習が、自身の理想の医師像に近いことに気づきました。
そこで研修後は、地域診療所で働くことを視野に、100床ある地域中核病院で外来と病棟、検査内視鏡を担当しながら自分自身で診療を担える研修をすることにしたのです。その努力が実り、1年後には山間部の村にある一人診療所に赴任。地域中核病院時代の上司がかけてくれた「今までは病院に患者さんが来てくださったけれども、これからは先生にかかるために患者さんは来られるので、頑張って」という言葉を胸に、仕事に励みました。
長年住んでいた高知県から福井県に来ることになったきっかけは、私自身の結婚です。家庭と仕事を両立させるために、勤務先として子育てに理解のある福井大学医学部附属病院を選びました。総合診療部の特命助教を務める中で、永平寺町立在宅訪問診療所の開設話が持ち上がり、周囲の応援もあって所長に就任することになりました。
Q:一人診療所での勤務はどうでしたか?

プレッシャーはありましたが、村民や行政の方々などが私のことを大事にしてくださったのに加え、以前在籍していた地域中核病院で週1回開催される勉強会などに参加して、困ったことがあれば先生方に相談に乗っていただいた経験があったので、大きな不安はなかったです。
ただ、いざという時のバックアップはあるものの、自分が責任を持ってあらゆる患者さんを診なくてはならない大変さもありました。CT検査が必要な患者さんには丁寧に説明して、車で1時間以上かかる別の医療機関に行くようお願いしたこともあります。また、自身が熱を出した時は、スタッフたちに相談するのはもちろん、患者さんの意見も聞きながら最善の方法を考えて、決めていくようにしました。
このようにコミュニケーションを何よりも大切にした私の姿勢は、最終的にスタッフや患者さんから信頼を得やすく、また信頼を得ることで自分自身のやりがいにもつながりました。
Q:所長として取り組んでいることについて教えてください

当診療所では外来と訪問、両方の診療を行っていますが、私が特に気をつけていることは、他業種や行政の方々とざっくばらんに相談しながら全体像を見て診療を行うことです。
例えば、訪問診療では患者さんの自宅に伺い、失礼のないように十分配慮しながらですが、生活にも踏み込んでいくことになるため、病気以外のところも必然的に見えてきます。医学だけでは解決できないこともあり、生活や心の支援、社会制度などを専門とする方々に協力していただくことも多々あります。このような取り組みにより、患者さんやご家族の笑顔が増えたり、感謝されると、本当にこの仕事をしていて良かったと感じます。
ゆくゆくは年齢や病気の有無を問わず、地域の方々が気軽に立ち寄れるような、よろず相談所みたいな場所として定着させ、いろいろな人々をつなげる窓口となり、街全体を活性化させていければと思っています。それが、私が思い描いている当診療所の未来の姿です。
そのために、地域医療や家庭医療のロールモデルになっていけるよう今後も努力を重ねていくのはもちろん、ここで学びたいという方には、周囲のスタッフたちと共に最大限サポートしていきたいです。
Q:福井大学からはどのような子育て支援がありますか?
福井大学は育児休暇や介護休暇などの福利厚生が充実している他、周囲には病児保育ができる施設もあります。また、人事面を担っているため、ある程度人材補充の融通が利くのも当診療所ならでは。実際、私の次女が大病にかかり大阪府の病院に入院しなくてはならず、仕事がほとんどできない時もあったのですが、完全に離れるのではなく、少しでも継続できるよう支援してくださいました。
また、複数体制でかつ大学の支援を受けやすいため、お子さんが病気の時とか、自身の体調が悪い場合もお休みしやすい環境です。医師や看護師たちは皆、お互い様という感じでサポートし合うことを基本としていますので、性別に関係なく育児休暇も取りやすいと思います。中には毎日2時間ずつ勤務時間を削り、合計で5日間分の休暇を取るといった工夫をされている医師もおり、フレキシブルな勤務スタイルが可能です。
Q:家庭と仕事の両立に悩まれている先生へ、メッセージをお願いします
私自身も子育てや子どもの介護などがあり、自分の思うようにいかない時期がありました。仕事を諦めなくてはならないかもしれないという考えが頭をよぎり、落ち込んだこともあります。最初の10年間が大事で、何年後にはこのくらいになりたいという目標があるかもしれませんが、別に周囲の人と同じタイミングでレベルアップしなくても問題ありません。やりたいことを少しずつ重ねていけば、いつかそこにたどり着いたり、チャンスが巡ってくるはずです。人生100年時代と言われているので、焦らなくても大丈夫。役職以外において医師には定年がありませんから、やりたいことがあれば後からいくらでもチャレンジできます。ぜひ希望を捨てずに、頑張ってください。
永平寺町立在宅訪問診療所では、一緒に働いてくれる医師を募集しています。

指定管理者 国立大学法人 福井大学 永平寺町立在宅訪問診療所
〒910‐1142 福井県吉田郡永平寺町松岡兼定島第38号45番地
TEL:0776‐61‐7500
楠川 加津子
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