記事・インタビュー

2020.05.18

病院以外で働く医師(PMDA編)研究開発を影日向になり支える

医師免許が必要な職業は、医療機関以外にも外務省医務官、厚生労働省の医系技官、製薬会社で働くメディカルドクター、起業などさまざま存在します。今回は、国内臨床薬の承認機関である独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)に勤務されていた医師の黑川 友哉先生にお話を伺いました。PMDAの業務内容や、黑川先生がPMDAに勤務された経緯、業務内容、やりがい、そして今後大学に戻って期待されていることなどをお伝えします。

PMDAについて

PMDAとは、一言で言うならば「薬事の総合事務局」です。日本ではまだ承認されていない薬を承認するにあたり、有効性や有害事象、品質を厚生労働省と共にチェックする機関です。2004年に厚生労働省審査センターから独立し、当時複数の施設で分業されていた副作用被害救済、安全性調査などの業務が統合された薬事専門機関としてPMDAが設立されました。PMDAはまた、薬の審査だけでなく、薬事承認後の薬の安全性情報、有害事象を集め、必要に応じて医療機関・従事者・患者に注意喚起も行っています。

例えば、記憶に新しいところではインフルエンザ薬「タミフル」です。開発中の治験では認められていなかった、「異常行動」などの有害事象が承認後、臨床現場で実際に使用してみると立て続けに出てきたため、調査し、注意喚起がされました。

組織は、総職員数は約1,000名で、そのうち70名ほどの医師が「審査専門員(臨床医学担当)」として働いています。大学からの出向も多く、2年もしくは3年勤務し、大学に戻る方もいれば、そのままPMDAに就職、あるいは製薬企業に転職される方もいます。

PMDAに勤務したきっかけ

私は大学からの出向という形でPMDAに勤務しておりました。通常、初期研修を終えて専門医資格取得のためのプログラムに準じて大学や関連病院を回り、専門医を取得、さらに大学院で博士号取得してからPMDAに出向する先生方が大多数の中、私は専門医取得前にPMDAに出向することになりました。

経緯としては、それまでPMDAに耳鼻科医が勤務していなかったこと、在籍していた千葉大学の耳鼻科でも、新薬開発のための治験を行うにあたり、薬事について俯瞰的に勉強してきてほしいという狙いもあったことから、PMDAと医局双方のマッチングが成立し、ちょうど都内で後期研修を行っていた私が要請を受けました。当時、教授から言われた「いま目の前にあるチャンスを逃すな」というメッセージは、当時の私が懸念していた「専門医取得を2年間遅らせること」への不安を打ち砕いてくれるものでした。

業務内容

新薬の審査

PMDAの業務の中で、私が多くの時間を費やしたのが「新薬の審査」です。薬の開発は莫大な時間と費用と労力がかかり、どの製薬企業においても「いかに効率的に開発するか」が重要なテーマです。

PMDAは「新薬の審査をしているだけの組織」と思われている医師の方もいらっしゃるかと思いますが、それだけではありません。これから新しく薬事承認を取ろうとしている薬や医療機器などを、どのようなストラテジを組んで進めていくべきか、製薬会社やアカデミアの開発者からの相談業務も行っています。

事前に治験のデザイン、製品の品質、非臨床試験の充足性など、薬事を担当するPMDAとコミュニケーションをとっておくことにより、治験の結果が出た後の「開発やり直し」を極力無くそうというのが主なコンセプトと理解しています。

最近は製薬企業のみならず医師主導治験も多く行われるようになり、大学の開発者(アカデミア)の先生が、自分たちが見出したシーズを社会実装させていきたいという相談も増えています。

担当業務

時期や経験年数によっても変わりますが、審査品目を担当者として3つ、開発相談が主担当1つ、副担当で2つ、また治験届のチェックなどの業務を同時並行で行うといった具合です。とにかくいろんな仕事を掛け持ちし、会議と打ち合わせの毎日です。その会議資料を作りつつ、関係者と相談しつつ、関係各署へのネゴもしつつで一日が終わっていました。担当品目の部会審議の際は、徒歩10分で厚労省へ行き、審議に参加することもありました。

職員の机周りは過去の審査報告書や関連資料だらけで、ピカ新(日本で初めて申請されるような品目)の審査資料はおよそ3万ページにもなるため、審査資料のどこに何の情報が記載されているかわからない最初の頃は、自分が何を目指してどこを歩いているのかわからなくなることもありました。PMDAにおけるそういった「遭難経験」が嫌で辞める人もいるようです。ただ、周りの皆さんから教えていただく過去の類似品目の話や薬事制度の話、そしてまだ世に出ていない薬のデータを見させてもらえる、こんな刺激的な場所は他では味わえないほどの体験でしたので、「すべては勉強」と思えましたし、気づけば2年間があっという間に過ぎていました。

また、アカデミアの方々の相談に乗りながら薬事承認にも至ったケースもいくつかありました。自分は開発の最終段階の、それもごく一部に関わらせていただいたに過ぎないのですが、とても勉強になりましたし、開発者の喜びを少しばかり共有できる仕事だと感じました。

さらに、薬の生い立ちから社会に実装されるまでの審査報告書をまとめるのもPMDAの業務です。厚生労働省の部会審議では、審査報告書をもとに喧々諤々の議論をすることもあり、「PMDAのデータがなっていない、どうしてこうなるのか?」と指摘されることもありますが、専門家ではない先生方からも理解を得られるように丁寧に説明しながら承認まで進める作業は、臨床現場において医師に求められる姿勢そのものと思いました。

今後のキャリア(千葉大学医学部附属病院 臨床試験部)

先月(2020年4月)から千葉大学の臨床試験部で勤務することになりました。大学院在籍中の2年前からプロトコルを書いたりお手伝いをしていました。大学内は共に仕事を進めるべき専門職が多く、医師は普段の臨床現場でも周りの医師や看護師、そしてコメディカルのスタッフをオーガナイズする能力が求められます。現在私が在籍している臨床試験部では、個と個を繋ぐというよりも、関連部門間を繋いで機能を最大化させ、研究を安全かつ力強く前進させるという重要な役割があります。薬事や研究倫理に関する知識はもちろん重要ですが、一番重要なのはコミュニケーション能力だと考えています。

昨年、千葉大学の公衆衛生学教室や全国の小児科医をはじめとする研究者と臨床試験部との共同で、「川崎病」の冠動脈合併症予防のための新たな治療戦略の有用性が医師主導治験により証明されました。「研究」を「臨床」に繋げる最終段階に、「臨床試験」が存在しますが、これは大変な作業と困難を伴うため医師だけでは到底成し遂げられるものではありません。これをマネジメント・サポートするのが「臨床試験部」の役割であり、今後もこのような臨床試験や治験のサポートをしていきたいと考えています。千葉大学からよいエビデンスを出すというだけでなく、他大学のARO(臨床治験サポート部門)や、アカデミアの方々、企業と連携して世界の役に立つエビデンスを出す支援を行いたいと思っています。。

臨床家にとって治験のハードルは高いと思いますが、挑戦する「第一歩」がなければいつまでも縁遠い話のまま変わることがありません。比較的シンプルなデザインの臨床試験や、臨床試験のプロである企業が作成したプロトコルに参加するといった経験からヒントを得つつ、独自の臨床試験・治験を実施できるようサポートができればと思っています。

大学を卒業してからの9年間、入局した耳鼻科医局は懐が深く、臨床医、基礎研究者、そして行政の視点を得る機会までいただきました。日本の臨床研究を取り巻く環境は複雑で、まだまだ勉強したいことが多いのですが、同時にこれまでの経験・知見を「現場」にしっかり還元したいと思っています。「名前は知らないし、スポットライトは当たっていないけど、”いい仕事”をしているやつがいるらしい。」そんな、オーケストラにおけるホルンのような仕事ができれば最高です。

あとがき(新型コロナウイルス感染と薬事について)

去る5月7日にSARS-CoV-2感染症を効能・効果とした医薬品である「レムデシビル」が、本邦で初めて承認され少し話題になっています。今回の承認の根拠法令は、薬機法の第14条の3に定められてい「特例承認」というものになります。

「特例承認」の正確な内容は公開されている法をご参照いただきたいのですが、シンプルに要約すると「危ない疾病の蔓延などを防止するための方法が他にないとき、日本と同レベル以上の薬事制度を持つ国(米国とかヨーロッパとか)で承認されている薬を『応急的に』使えるようにする」ための特例制度です。

今回承認されたレムデシビルは、アダプティブデザインという特殊な統計解析手法でデザインされた臨床試験の中間解析結果(NCT04280705)をはじめとして3つの臨床試験成績に基づき、審査が行われ承認に至ったようです。中国では有効性が示されなかったお薬(Y Wang et al, Lancet 2020)として認識されている方もいらっしゃるかと思いますが、中国の臨床試験では解析患者数が元々の目標症例数に達していない状況での解析だったため、その試験では正しい答えを出すことができなかった可能性があります。

特例承認とは言え、いい加減な審査を経たものでないことは、その添付文書と留意事項通知に記載された詳細な注意喚起からも伺い知ることができます。5月4日に申請され、5月7日に製造販売承認されていることから、その対応の早さは間違いなく世界に誇れるものと思いますし、開発者はもとより、PMDA、厚労省の担当職員の方々、それを支える両組織の全職員の皆様に心から敬意と感謝を表さねばなりません。

「どのようなお薬にも限界があるため、適切に使用すること」は大切ですが、今回の場合、私たちが特に注意しなければいけないのは、今回の承認がデータが限られている「応急的な」承認であり、公開されている添付文書留意事項通知を理解して使用すること、安全性情報等を報告することで積極的に「育薬」していくことだと思います。これからも行政から発信される情報から目が離せません。

<プロフィール>

黑川 友哉(くろかわ・ともや)
2011年千葉大学卒・千葉大学医学部附属病院 臨床試験部 助教
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 医療機器審査第1部 定期専門委員

1985年広島県尾道市で開業医の末っ子として生まれる。「西の京都大学、東の千葉大学」と称される自由な環境に育まれた黑川先生の趣味は、世界一難しい金管楽器とされるホルン。初期研修を終えた医師3年目には千葉を離れ、耳鼻咽喉科で有名な東京の病院を回れたのは懐の深い所属医局(千葉大学耳鼻咽喉・頭頸部外科)ならでは。医師5年目からは「希少価値の高いキャリアが積めるから」という理由でPMDAへ。2年間ながら多くの薬事承認、治験相談等に携わった後、千葉大学大学院へ進学。博士号と耳鼻咽喉科専門医資格を取得し、今年度(2020年度)から千葉大学医学部附属病院 臨床試験部に勤務。柔らかい音色と幅広い音域でオーケストラにおいても絶妙な調整力をもつホルンのように、医師とPMDAの間に立ち、治験や新薬開発に携わる。

(聞き手・文/榊 隆宏)

黑川 友哉

病院以外で働く医師(PMDA編)研究開発を影日向になり支える

一覧へ戻る