記事・インタビュー
※ドクターズマガジン2019年7月号に掲載された内容です。
#01 テーマは痛みで
皆さん、初めまして。私は2018年6月からカナダ第2の都市、ケベック州・モントリオールにあるMcGill(マギル)大学まで留学に来ています。今月から6回の連載をさせていただくことになりました。皆さんにとっても同じかどうか分かりませんが、私自身は勤務医時代、「ドクターズマガジン」とは、オンコールで呼ばれた仕事が片付いた深夜の医局にてボーツと目を通す、あるいは部屋を掃除していたらたまたま出てきておもむろにページを開く、といったお付き合いでした。そうしたお疲れの合間のひとときを想定して、気晴らしになる活字を目指します。
「ないキャリア」の作り方
留学の話を始める前に、まずオマエの専門は何なのか、何の仕事をしているのかイマイチ分からない等々、各方面からの苦情に近いこ指摘を受けてこ説明します。基本的理解としては、“麻酔科学と社会医学をバックグラウンドに「痛み」を解決するために必要な方策を広く模索しつつ、自ら研究活動もしている医師”でお願いします。いわば痛みオタクであり、痛みをいろんな切り口で攻めています。研究手法は基礎研究ではなく、いまのところデータを使った疫学的手法を得意としています。以前、みうらじゅんさんの『 「ない仕事」の作り方』という著書を読んで共感を覚えました。みうらさんのお仕事をざっくり説明すると、「ジャンルとして成立していないものや大きな分類はあるけれどまだ区分けされていないものに目をつけて、ひとひねりして新しい名前をつけて、いろいろ仕掛けて、世の中に届けること」らしいです。目をつけたものに絶対ブームが来ると、自分自身を洗脳するのだそうです。「ない」ものをどうやって成立させるかという意味で、私のキャリアや方針も似ています。「麻酔科医です。手術室で働いてます」というと皆さん安心されるようなのですが、いままで聞いたことがないやり方をしていると心配になるようで、大丈夫かとよく聞かれます。大丈夫です!少なくとも今日は大丈夫!
私を動かす老婆の言葉
雪深い日本海近くの手術室に1年間勤務していたことがあります。当時私は、大腿骨骨折の手術をうけるために、脊椎麻酔下で下半身が動かせないながらも骨折の痛みが和らいだために若干リラックスして手術台に横たわる高齢患者さんの枕元にて、ためになるお話や、人生訓を伺うという、実益を兼ねた趣味に講じておりました。ある日、93歳の女性の脊椎麻酔を担当することとなり、その当時私は33歳だったので、60歳年上で干支が同じだという話で盛り上がりました。彼女からあるタイミングで、「いいな一、どこでも行けるし何でもできるじゃない!」と芯のこもった力強い語調で言われ、ハッとしました。当時の私なりに、この歳でこれからどうするのか、と考えていた矢先のことでした。93歳で手術台に横たわる女性にそんなこと言われたら、もう動くしかないです。お顔の記憶は薄れてしまったけれど、その時の雰囲気や言葉の力強さはいまでもはっきりと覚えています。一期ー会の言葉に押されて、気付いたら、地球の裏側まで来ていました。
Dr. Sullivanとの出会い
留学先の主任研究者、Michael Sullivan先生はこの道30年以上の心理の専門家で、これまでに難治性疼痛等の患者に共通する心理状況に着目し、そうした心理状況を測定する尺度や、リスクとなる心理的因子の改善を標的にしたリハビリテーションプログラムを開発されてきました。このSullivan先生が開発された尺度の一つに、疼痛患者が自らの状況が理不尽だという考えにとらわれるがために治癒を妨げてしまう、「不公平感(perceived injustice)」を測定する尺度があります。人間が特定の考えに執着することで痛みが治りにくいという事象には臨床上実感があったので関心を持ち、博士課程で同尺度の日本語化に取り組むことにしたというのがSullivan先生との最初の出会いでした。
次回につづく
モントリオールにやってきて、執筆時点で10ヶ月。家に帰るまでが遠足で、日本に戻るまでが留学だそうですので、何が起こるか分かりません。走りながら書くスタイルです。実は、まだいつ帰国するのかも決めていません。途中で面白いことがあれば拾っていきますので、どうぞお付き合いください。
山田 恵子(本名)Keiko Yamada
McGill大学心理学科ポストドクトラルフェロー
日本学術振興会海外特別研究員
山田 恵子
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