記事・インタビュー
「医師の起業(経営者になる)」といえばクリニックの開業ですが、近年増えてきているのが、臨床を離れた「ビジネスパーソンとしての起業」です。医師が起業して大きな成功を収める例は珍しくなく、みなさんも実際に起業家として成功した医師の方々をご存知なのではないでしょうか。医師としてではなく、ビジネスパーソンとして生きる選択はありなのか? 医師が起業する際のリスクは何なのか?
今回は、医師の新しい働き方の選択肢として、いま大いに注目されている「医師の起業」をテーマに解説していきます。
お金儲けのためではない!? 医師が起業する目的とは
近年、多様化してきた医師の働き方。昔は医師のキャリアといえば医局頼りでしたが、現在は勤務医であっても医局に入らず、非常勤やスポット(アルバイト)で働くフリーランス医師も増えてきています。なかでも最近特に聞くようになったのが「医師の起業」。医師起業家向けの投資ファンドも存在しているほど注目されています。
起業を後押しする動きは医学部にもあり、慶應義塾大学医学部では医療ベンチャー企業を100社創出することを目標に、優れた医療技術などを表彰するビジネスコンテスト「健康医療ベンチャー大賞」を2017年から開催しています。
「医師の起業」については日経新聞(電子版)でも下記のような記事がありました。
『医師であり、起業家。2つの顔を持つ「アントレドクター」が増えている。医師がスタートアップを立ち上げる理由は、単に金儲けのためではない。医師ならではの視点で新たなビジネスモデルを提案し、患者や医療現場が抱える課題の解決を目指す』(2018年6月22日)
参考:日経新聞 アントレドクター 異色の東大卒「医師起業家」が医療を変える
このように、単にお金を儲けるための起業だけではなく(もちろん儲けることも大切!)、医師だからこそ知る医療現場の問題や課題を解決し、より良い医療の提供を実現するために起業を目指す医師も増えているようです。
また、日本は今後、人口減少によって医師余りの時代へ移行すると言われており、医師以外の職業選択を考えることは自然な流れでもあると言えるでしょう。
リスクの少ない起業の方法とは
医師がいきなりオフィスを構えて起業するのはリスクが高く、オススメできません。起業で成功している医師の経歴をみると、医師業を離れてMBAの資格を取得していたり、会社勤めをしたり、医師の世界を一旦離れてビジネスを経験したことのある方が多いことが特徴です。また、起業にはある程度の資金が必要ですし、少なくとも「これなら行ける!」という自信のある事業計画を持っていなければ、起業しても上手くいくはずもなく、借金だけが残ることになります。
そこでまず提案したいのが「週末起業」です。医師として勤務しながら副業として起業すれば、リスクをかなり軽減できます。副業は職業選択の自由によって法律で認められています。ただし、医療機関によっては副業を禁止する規定を設けているところもありますので、事前確認が必要です。
週末起業の方法としては、たとえば常勤として勤務した後の時間や研究日・休日を使って起業することも可能ですし、あるいは週3日は定期非常勤で医師として働き、それ以外の日を起業準備などに充てるのもいいでしょう。医師を辞めずに起業をすることで、ビジネスで失敗しても収入がゼロになることはありません。週末起業がある程度軌道に乗り、収益が見込め、「これなら行ける」と確信した段階で医師から起業家へとコミットすることで、起業のリスクは回避できます。
ちなみに起業のアイデアについては、成功している医師の事例をみると、オンラインやアプリなどインターネットを活用したものが多く見受けられます。
いずれにしても医師が本格的に起業して成功するには、「ビジネスの経験」と「優れたアイデア」と「成功する自信」が必要でしょう。さらに大事なことは、「臨床や研究を諦める覚悟」が必要だということ。新専門医制度では専門医資格は5年ごとの更新が必要となり、そのためには決められた単位(経験数)と論文の実績が求められます。専門医資格をもつ医師は起業によって専門医資格を諦める覚悟も必要となるかもしれません。
医師の起業で医療が大きく発展・進化する
医師がどのような会社を起業しているのか、有名な事例を5社紹介します。ぜひ参考にしてみてください。
(1)株式会社メドピア(2004年12月創業)
大学院時代に医師向け求人サイトを束ねるポータルサイトを立ち上げたことから起業への道に進んだ、循環器内科医で石見陽氏が立ち上げた会社。
国内医師の3人に1人が参加する、国内最大級の医師専用コミュニティサイト「MedPeer」を運営。医薬品や疾患から、日々の生活・キャリアに関することまで、医師同士でしか話せない悩みや経験を共有することができ、多くのコミュニケーションによって形成された「集合知」で医師の臨床をサポート。さらに、医師求人情報ポータルサイトやオンライン医療相談サービス、管理栄養士による食生活コーディネートサービスなども提供している。
(2)株式会社メドレー(2009年6月創業)
マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社した経験をもつ脳神経外科医の豊田剛一郎氏が立ち上げた会社。
医師たちがつくるオンライン医療事典「MEDLEY」を提供。1,400以上の病気情報のほか、3万の医薬品、16万の医療機関情報など、さまざまな情報を集約するオンライン医療事典。医療に関する最新情報も多方面から提供している。充実した医療情報に誰もがアクセスできるサービスとして、正しい情報を知りたい患者さんやそのご家族と、知ってほしい医師・医療機関の双方にとって「納得できる医療」の実現を目指している。
(3)株式会社ミナケア(2011年2月創業)
医師の間でハーバード・ビジネススクールによるMBA取得の先がけをつくったと言われる東大病院循環器内科出身の山本雄士氏が立ち上げた会社。
治療から予防へ。病気になるのを待たない積極的な健康管理を、健康保険組合等に蓄積されている様々なデータを解析することで提案・評価する「データヘルス」支援や、こうしたデータを活用し、事業会社と連携して新しい「ヘルスケアサービス開発」を支援している。
(4)株式会社キュアアップ(2014年7月創業)
呼吸器内科医として経験を積んだ後、中国上海でMBAを、さらにアメリカで公衆衛生学修士(MPH)の学位を取得した佐竹晃太氏が立ち上げた会社。
医療機関向けのニコチン依存症治療アプリ「CureApp禁煙」や、ポータブル呼気CO濃度測定器、HERB(高血圧治療アプリ)、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の診療ガイダンスなど、「治療アプリ」という革新的な治療用ソフトウェア機器を開発・導入するなど、スマートフォンを活用した治療用のアプリを提供している。
(5)株式会社クリンタル(2015年5月創業)
眼科医の研修を経て、国内コンサルティング会社に転職した後、MBAを取得した杉田玲夢氏が立ち上げた会社。
患者が自分の症状に合った名医を検索できるサービス「クリンタル」を展開。「臨床・技術」、「学術・知識」、「受診しやすさ」の各項目をスコア化し、点数上位の医師を「名医」として登録しており、利用者は無料で名医を検索できる。また、自身や家族に最適な名医を提案してもらうことができる有料サービスも展開している。
以上ご紹介した5つの会社は医師の起業の一例ですが、多くの医師起業家は、「医師としての経験や知識を活かして社会に役立てたい」「医療現場の問題や課題を解決したい」「医療の発展や進化に貢献したい」など、医師であることを活かした発想で起業をしています。そして現に、医師としての経験や体験を活かした事業展開によって、医療現場の課題や問題を解決し、大きな利便性をもたらしています。
医師のなかには、「医師が臨床や研究から離れるべきではない」「医師不足の現場があるのになぜ関係の無い分野に進むのか」という意見もあるでしょう。確かに起業は少なからず医師として臨床に臨む機会から遠ざかることになります。しかし、起業する医師の多くは、臨床とはまた別の角度から医療の活性化や利便性をもたらし、より多くの患者さんを救うべく努力を続けています。これから起業をしようと考えている医師のみなさんにも、医療界の進化・発展のためにチャレンジしていただきたいと思います。
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