記事・インタビュー
長崎大学病院リハビリテーション部
准教授 高畠 英昭
”本業“の脳血管内治療に専念
脳卒中後の嚥下障害治療の重要性に本気で目覚めた後、2005年から勤務したのは長崎県央地区にある国立病院機構の病院でした。長崎県は全国で最も離島の多い県ですが、離島で発症した脳卒中や頭部外傷で手術がすぐに必要な患者のほとんどはこの病院にヘリコプターで運ばれていました。
脳梗塞・脳出血・くも膜下出血の総称が脳卒中ですが、通常だと脳梗塞7割:脳出血3割:くも膜下出血1割程度の比率で起こります。ところが、この病院に入院する脳卒中患者の内訳は、脳梗塞4割:脳出血3割:くも膜下出血3割(若干脳出血の方がくも膜下出血より多い)と、圧倒的に出血性脳卒中が多いのが特徴でした。これに重症頭部外傷が加わるため、脳神経外科救急疾患の中でも、特に重症者がよりすぐられ集められている病院でした。また、この病院は長崎大学と連携し、大学院を持っていました。当時まだ学位を取得していなかった私は、転勤を機に大学院に入学、晴れて40歳の年輩大学院生となりました。
私が赴任する前まで、脳血管内治療医はいませんでした。新しく始まった脳血管内治療に対する期待が大きかったおかげか、新任地では主に脳血管内治療に専念することになりました。着任当時、月に何度も呼ばれていた嚥下障害関係の出講は禁じられましたが、脳動脈瘤コイル塞栓術の症例数では全国ランキングにも名前が挙がるようになりました。重症脳卒中や頭部外傷患者の早期離床や経口摂取訓練は、病棟レベルで看護師やリハスタッフの協力の下に継続していましたが、表向きは本業の脳血管内治療に専念して数年を過ごしました。
脳卒中地域連携パス作成
2006年度から保険収載された大腿骨頚部骨折の地域連携パスは2008年度からは脳卒中に拡大されることになりました。これを受け、長崎県央地域でも2006年度より長崎県央保健所を中心とした脳卒中地域連携パスの作成が始まりました。急性期・回復期の病院および医師会の代表医師によるパス作成会議が数回行われ、なかなかまとまりませんでした。そして、いよいよパス運用開始まで残り半年を切った段階で、院内でパスの仕事をしていた私に取りまとめるようにとお呼びがかかりました。保健所の会議に出向き、パスについての簡単な説明を行い、パス作成には実務者間での話し合いが必要であることを申し入れ、すぐに受け入れられました。脳卒中地域連携パスにおいて、急性期病院から回復期病院までスムーズにリハビリテーションを進めることは必要不可欠です。関連施設の医師だけでなく、看護師、リハスタッフ、メディカル・ソーシャルワーカーなど、実際にケアやリハビリテーションに当たっているスタッフに集まって頂き、期日までになんとか形にすることができました。
当初、最低限使用できるものを、できれば他の地域のものと比較しても遜色ないものを念頭に作成したのですが、最終的に出来上がったものは自分の予想をはるかに上回るものでした。パス関連の学会で発表したところ、シンポジウムに取り上げて頂き、そのうち各地で開催されていた脳卒中地域連携パスの研究会や勉強会に講師として呼ばれるようになりました。相変わらず嚥下障害関連の出講は禁じられていましたが、脳卒中地域連携パスの作成を契機に、また少しずつ講演の機会を頂けるようになりました。脳卒中地域連携パスの作成・運用を通じて、地域のリハビリテーションに関連する多くの友人ができました。
泣こかい、飛ぼかい、泣こよかひっ飛べ!
本業の脳血管内治療と脳卒中地域連携パスの仕事で忙しくしていましたが、実は、転勤後も病棟で続けていた「嚥下障害治療」への熱意は冷めていませんでした。指導医から与えられた大学院の研究テーマそっちのけで、脳卒中後の嚥下障害についての結果も少しずつまとめていました。脳卒中関連の学会では、脳血管内治療や脳卒中治療に関連する演題だけでなく、脳卒中地域連携パス関連のものと嚥下障害関連の計3演題を発表していたのがこの頃でした。脳卒中地域連携パスの出講許可が出てしばらくし、嚥下障害の論文や依頼原稿を書くうちに、講演にも声をかけて頂くようになっていました。以降は病院からの出講許可も頂けるようになり、ますます嚥下障害の勉強にも熱が入ってきました。
とはいえ、脳血管内治療に脳卒中地域連携パスに嚥下障害と3つの仕事を同時にこなすのはなかなか大変です。このままでは首が回らなくなると本気で思っていました。そんな時、ある学会で産業医科大学リハビリテーション医学講座の蜂須賀教授から「産業医科大学リハビリテーション医学講座で仕事をしないか」と声をかけて頂きました。私は脳血管内治療医であり、リハビリテーションを本格的に学んだことも、ましてや大学で教官として仕事をしたこともありませんでしたので、正直なところかなり迷ったのですが、それ以上に自分が最も興味のある嚥下障害を専門として仕事できることにとても魅力を感じていました。それ位、当時の私は、「嚥下障害」に情熱を傾けていました。
「泣こかい、飛ぼかい、泣こよかひっ飛べ!」というのは「怖いから飛べないと泣くか?思い切って飛ぶか?泣く位なら飛んでしまえ!」という意味の鹿児島の言葉です。以前から私は、「人生には一度か二度、大きな決断をしなければいけない時が来る」と思っていました。今がまさにその時。思い切って飛んでみよう。こうして、本業ではないと思っていた嚥下障害のリハビリテーションを本業とすることにしたのでした。
<執筆者プロフィール>
長崎大学病院リハビリテーション部准教授
鹿児島県生まれ。脳神経外科学会専門医、脳卒中学会専門医、リハビリテーション医学会専門医・認定臨床医。1993年長崎大学医学部卒業。脳神経外科医・脳血管内治療医として長崎医療センター等に勤務後、2014年より産業医科大学リハビリテーション医学講座講師。2017年4月より現職。専門は嚥下障害のリハビリテーション、地域連携パス。趣味は楽器演奏・トライアスロン。
高畠 英昭
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