記事・インタビュー

2018.02.07

長崎大学病院リハビリテーション科教室立ち上げに向けてvol.2

長崎大学リハビリテーション科教室立ち上げvol2画像

長崎大学病院リハビリテーション部
准教授 高畠 英昭

脳血管内治療チーム立ち上げ

浜松で1年間を過ごした後、長崎に戻ってからは脳神経外科医として主に手術の手技を習得するための仕事をしていました。その傍ら、脳血管内治療も上司の理解に助けられ、細々と続けていました。その頃の脳血管内治療のほとんどは保険収載されていない、当時としては特殊な治療法でした。ですから、自分としては、あくまでメインの仕事は脳神経外科で、脳血管内治療は自分の興味でやっている“本業以外の仕事”だと思っていました。

長崎大学の脳神経外科では、入局して2年間の研修+2年間の派遣先病院勤務の後に、5年目に大学病院に戻り、7年目に専門医試験を受けるのが慣例でした。私も専門医試験に向け大学病院に戻るつもりで4年目の終わりを長崎市内の病院で過ごしていました。ところが、ある日突然教授から直接電話があり、「長崎大学でも脳血管内治療を始めるから」ということで、脳血管内治療班を任せられることになりました。チーフ兼平部員の一人体制での始まりです。まだ脳神経外科の専門医にもなっていない私が指名された理由は、ただ単に周囲にマイクロカテーテルを操作できる脳神経外科医がほとんどいなかったというだけのことでした。30歳。怖いもの知らずでした。ただ、自分が一番興味のある脳血管内治療をついに本業にすることができたことは大きな喜びでした。

私が長崎大学病院で正式に脳血管内治療を始めることになった1997年9月というのは、脳動脈瘤塞栓用のコイルが保険適応になる前でした。もちろん頚動脈狭窄症に使用するステントもありません。治療できる疾患は限られていました。ただ、それより長崎大学病院での一番の問題は、脳神経外科医が脳血管撮影室に手洗いして入れないことでした。脳血管撮影室は放射線科の領域で、脳血管撮影検査・脳血管内治療は放射線科医が行うものというのが決まりでした。そういう状態でしたので、私の最初の仕事は、「いつの日か手洗いして脳血管撮影室に入れてもらえるように」と願いながら、足しげく脳血管撮影室と放射線科医局に通い、放射線科の先生方に顔と名前を覚えてもらうことでした。そのような日々を半年以上過ごし、ようやく脳血管内治療の時にほんの少しだけマイクロカテーテルを触らせてもらえるようになりました。そしてついに、1年たつ頃には、脳血管内治療は脳神経外科医と放射線科医がチームで行うという現在の体制ができあがりました。

血管撮影室で嚥下造影

脳神経外科の専門医になった後に勤務したのは佐世保の病院でした。第一回日本脳神経血管内治療学会の専門医試験にもパスし、もう本業になった脳血管内治療を夢中になってやっていました。脳血管撮影室では、治療の様子が録画できるようなビデオ装置も導入してもらいました。とはいえ、市中病院でしたので、脳血管内治療の対象にならない通常の脳卒中や頭部外傷・脳腫瘍など一般の脳神経外科診療も行っていました。

脳卒中や頭部外傷の後遺症として嚥下障害は頻度の高いものですが、私が受け持つ方の中にも、命は助かっても口から食べられるようにならない方が数多くいました。このような方々に対して、メインの仕事場である脳血管撮影室を使って嚥下造影もしばしば行うようになりました。ビデオ録画できる透視装置のある血管撮影室は嚥下造影を行うのには好都合でした。そのうち、嚥下障害に興味を持つ管理栄養士が、看護師やリハスタッフと一緒に脳神経外科病棟の回診に毎回付いてきてくれるようになりました。まだ世間にNST(栄養サポートチーム)が広まる前の2001年頃のことです。多くのスタッフの全面的な協力に恵まれ、植物状態もやむなしと思われていた重症の人たちが、目覚めて口から食べられるようになる“奇跡”を何度も経験することができました。ただ、それでも、自分の意識の中では、本業は脳血管内治療で嚥下障害の検査・治療は“本業以外の仕事”でした。嚥下障害のリハビリテーションは専門家がもっと上手にやっているものと思っていました。

嚥下障害のリハビリって大事なんじゃない?

セミナー画像

そんな中、脳卒中後の嚥下障害をテーマに講演の依頼がありました。依頼主は近隣の歯科の先生で、20年以上前から嚥下障害に取り組み、嚥下障害支援サイトSwallow(http://www.swallow-web.com/)という、嚥下障害関係のウェブサイトでは最大のアクセス数をほこるサイトを運営している方でした。正直なところ、嚥下障害については素人の自分にどんな話ができるのだろうと不安でしたが、一般的な脳卒中の話を主に、日頃やっている嚥下造影と食事介助について、動画を少しお見せするということで引き受けることにしました。あまり自信はなかったのですが受講者の評判はまずまずでした。さらに、たまたま話を聞きに来ていた出版社の方から、看護専門誌の連載とセミナーの依頼を頂きました。「素人の自分ではなく、他に専門の適任者がいるのでは?」と最初は尻込みしたのですが、「こんな急性期の早い段階からやっている人は他にいませんから」という担当者の言葉で引き受けることにしました。

連載とセミナーが始まると、ほんの数か月で各地から講演の依頼が続き、歯科医師会の役員の先生方やNSTで有名な病院から病棟見学の依頼もありました。本業ではないはずの嚥下障害に対する関心の高さに驚き、「血管撮影室にこもって年間数十例の治療をするよりは、自分の話を聞きに来てくれた人たちが、全国で何十人何百人と食べさせてくれるなら、そっちの方が世の中の役に立てるのではないか」と考え始めるようになりました。

最終更新(2018/02/7)

››› vol.3へ続く 「”本業“の脳血管内治療に専念」

<プロフィール>

高畠 英昭(たかはた・ひであき)
長崎大学病院リハビリテーション部
准教授

鹿児島県生まれ。脳神経外科学会専門医、脳卒中学会専門医、リハビリテーション医学会専門医・認定臨床医。1993年長崎大学医学部卒業。脳神経外科医・脳血管内治療医として長崎医療センター等に勤務後、2014年より産業医科大学リハビリテーション医学講座講師。2017年4月より現職。専門は嚥下障害のリハビリテーション、地域連携パス。趣味は楽器演奏・トライアスロン
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高畠 英昭

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