記事・インタビュー
金沢医科大学 学長
神田 享勉
医学部入試において、過去11年間で2600人の地域枠の定員が埋まっていない。そして、2020年の医学部地域枠定員は863人であり、前年から64人減少となった。これは、社会のニーズが減ることを見越したこともあるが、入学時に地域枠受験生を定員より少なく入学させてきた大学の対応にも原因がある。その理由は、地域枠受験生のレベル低下や人数の減少にあるようだ。さらに、卒業後の離脱率は入学時に別枠で採用した場合は6%であるのが、入学後の採用である手挙げ方式の離脱率は16%と高い。そして2019年に、地域枠の条件に合致しない初期研修では、補助金カットと厚生労働省が通達したにもかかわらず5人も離脱していた。
どうしたら、地域に残る医師を増やすことができるか。調査結果から、地域に残る医学生の特徴がみえる。生まれや育ちがその地域で、現役か一浪の若い年齢の者である。本学調査では、さらに卒業生子女も地域に残る傾向がある。カナダの調査では、地域出身か、配偶者が地域出身か、家族がその地域での暮らしを楽しんでいるかが大切とされている。本学でも11年前から「卒業後金沢医科大学氷見市民病院勤務」を条件に氷見枠1人を設け、学費を氷見市と大学で折半して、氷見市在住の現役・一浪の受験生を入学させてきた。今までの卒業生で離脱した者はいない。
筆者は40歳まで13ヵ所の地域の病院や診療所を経験し、50歳すぎから8年余り金沢医科大学氷見市民病院で診療した。地域の医師が陥りがちな問題点を三つ挙げると、①「孤立し疲弊」、②「最新知識不足」、③「キャリアアップ不安」があろう。まず「孤立し疲弊」は医師のワーク・ライフ・バランスの乱れにある。周囲の期待に応えようと無理をしてしまうといった、医師自身の真面目な性格が災いする。医師が孤立し疲弊することを防ぐためには、適応能力を養うことが大切である。
次に、「最新知識不足」は、診療に縛られ学会や講演会に参加できない状況から発生する。最後の「キャリアアップ不安」は、同僚が大学等で専門性を極めるのをうらやましく思うことから生まれる。地域医療という専門性を軽視する医療人や世論が根底にある。
対策としては、地域枠の医師には常に新しい情報発信ができる環境づくりを行い、家族の生活環境を整え、臨時医師の派遣を国や大学が考慮することが挙げられる。2020年には厚生労働省から総合診療センター(仮称)が全国に展開される運びとなった。期待できるネットワークとなるだろう。初期研修や専攻医研修で地域枠ではない医師への地域医療研修の義務化も提案したい。また病院長や大学教授の要件に地域医療貢献の経歴を加えるのも良いであろう。
地域の医療は、専門性にこだわると崩壊する。地域で必要なスキルは、チーム医療を高めるリーダーシップ、状況や疾患をチームのメンバーに説明できる能力であり、地域医療実践からこれらのスキルアップのチャンスを得ることができる。さらには、高齢者のニーズに応える能力や総合医療のスキルアップも期待できる。これらの能力は医療人の基本であり、いかに技術が優れていてもこれらの能力がなければ患者からの信頼は得にくい。
医師の基本的な人格形成に地域医療の実践が役立つのである。私もハンディキャップはあったが、逆にその環境が医師としての人格形成に大いに役立った。現代社会の若者は、便利さや容易さの追求で、不便さに耐える力が衰えている。判断力の衰弱や幼稚性拡大、自尊心の肥大化傾向にある。「安逸と平穏の中では人間性を高められない。挑戦と苦しみを経験することでのみ精神が鍛えられ、視野が開け希望が刺激され成功が遂げられる。」(ヘレン・ケラー)
ぜひ、地域の健康をケアできるリーダーとなり、他人の幸せは自分の幸せになるという利他主義(Altruism)を貫いていただきたいと思う。
かんだ・つぎやす
1978年金沢医科大学卒業。1982年群馬大学医学研究科修了。群馬大学附属病院から1985年ノースカロライナ州立大学免疫学教室に留学。2000年群馬大学総合診療部助教授、2008年金沢医科大学地域医療学部門教授から2015年金沢医科大学氷見市民病院副院長を経て、2016年より現職。専門は、地域医療学、循環器内科学。
※ドクターズマガジン2020年10月号に掲載するためにご執筆いただいたものです。
神田 享勉
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